第5話

翌朝、広場の空気は乾いて冷たい。石畳は夜露を吸って暗く光る。役人が木枠を開け、書記が紙を押さえ、人々は円をゆるく作る。旗竿の布が細かく鳴り、朝の光が布目の影を地面へ落としていく。


書記は声を張る。


「王都補給隊、護衛・道普請・見張り、若干名を募る。日当あり。明朝、王紋の板の前に集え」


短い沈黙が落ち、ざわめきが戻る。木札の角はすれて白い。結び紐は新しい。ろうの匂いが薄く鼻を刺す。列の端で子どもが母の袖を握り、男たちは咳を殺した。


ライアンは胸の焦げ柄に触れる。腰紐を一度だけ締め直し、呼吸を十まで数える。足裏で石の継ぎ目を探り、つま先の向きを整えた。列は進み、名を問う視線が順に移ってくる。


彼は指先を唾で湿らせない。掌を袖で拭き、震えないように一文字ずつ置いていく。書記の筆が止まり、木札が手に落ちた。薄い板が掌に吸い付き、紐の結び目が骨へ軽く当たる。


ひもを首に通すと重さは小さいのに胸の奥が鳴った。列を外れて女主人の店へ向かい、戸口で深く頭を下げる。女主人は靴底の縫い目を見て短くうなずく。


「明日だね」


「はい」


端革を重ね、踵の釘を締める。釘頭を爪で撫で、浮きがないか確かめた。水筒を煮沸し、乾いたパンと豆を袋へ入れる。紐の結びは二重にして、ほどけないように余りを内へ折り込む。


木刀を布で包み、焦げ柄は胸の内側に結んでおく。布の毛羽が指に引っかかり、結び目の位置が脈の上で落ち着いた。肩を回して余計な力を抜き、背筋で重さを受け直す。


昼、広場の端で赤い外套の男が道の様子を語る。峠の手前で石が増え、橋の板は一枚欠けたという。行商は積み荷を縛り直し、荷縄の余りを短く結び替えた。風は北から細く吹き、雲は切れていく。旗の陰影が石へ淡く流れ、影の輪郭が時間とともに薄くなる。


午後は納屋の仕事を早めに片づける。桶を洗い、干し草をそろえ、蝶番に油を差して軋みを一度だけ鳴らす。棚板のぐらつきを指で押さえ、釘の頭を軽く叩いた。余計な手順を体から外していく。


休み時間、裏庭の円に立つ。足の幅を整え、前へ一歩、斜めに二歩。肩を落として腰で押す。音は短く硬い。十の素振りで終え、呼吸を静かに落とした。砂の表面が薄く削れ、円の内側に細い筋が残る。


店へ戻ると台所の匂いが濃くなる。火の気は弱いが、鍋のふちが時々鳴る。女主人は匙で鍋底をなぞり、湯気の白さが顔にかかる。器が重なり、木の縁が互いに低く擦れた。


夜は灯の下で碗を持つ。豆の煮込みは塩が薄いが、喉は温かさで満たされる。女主人は多くを言わない。器の底が卓に触れて乾いた音が鳴り、それで食事は終わった。皿を布で拭き、棚の端に戻す。


寝台に横になる。目を閉じると足の裏が杭の上に立つ感覚を思い出す。焦げ柄が胸に当たり、鼓動はゆっくり深くなる。息は五拍で吸い、五拍で吐く。眠りは浅いが、重たさは体の下に沈んだ。


耳の奥で家の軋みが小さく渡る。外の風が軒で曲がり、旗の布が一度だけ鳴った。遠くの犬が短く吠え、すぐに静かになる。暗さは濃いが、物の輪郭は薄く浮く。


明け方、角笛が短く鳴る。旗が揺れて布目が波打つ。名が呼ばれ、木札が確かめられる。列の前で年長の男が咳をして、若い背が緊張で張る。空は薄く青く、屋根の影はまだ長い。


副長が歩いて並びを見ていく。荷車の縄を叩き、欠けた釘を指で弾く。指示は簡潔で、声は低い。手短に通るのに、言葉はどれも要点だけ残した。ライアンは木刀の布を締め直し、姿勢を作る。


女主人が戸口で手を上げる。彼は深く礼を返す。


「恩は道で返しな」


その一言が胸に残る。言葉は重くはないのに、芯がある。彼はうなずき、列へ戻り、呼吸を一つ置いて足をそろえた。靴底の釘は確かで、踵の沈みもそろっている。


号令が落ちる。荷車がきしみ、列が動く。石の上で革靴が短く鳴り、前の旗が陽を跳ね返した。道は北の峠へ向けて伸び、足は自然に速くなる。肩の力は落としたまま、歩幅だけを少し広げる。


街外れの畑に霜が残り、遠くの斜面で光が砕ける。牛の息は白く立ち、鍬の音はもう止まっていた。見送る人影は少ないが、誰も背を向けない。家々の影が後ろへ流れ、屋根の端が次第に低くなる。


ミストンの門が背に遠ざかる。谷の風は冷たいが、胸の火は消えない。彼は歩く。父の言葉を思い、兄の背中を思い、今は前にだけ視線を置く。木札は胸で揺れるが、紐の結び目はほどけない。

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