幕間(1)

 扉をノックしても、あのニンゲンの少年――リクの返事はない。ベルトホルトは静かに錠と扉を開け、足音を忍ばせてベッドへ近づいていった。リクは丸くなって規則正しい寝息を立てており、目を覚ます気配はない。スープに混ぜた眠り薬がよく効いているようだ。


 ――別に、悪意をもって薬を盛ったわけではない。気を紛らすものが何もないあの部屋で、立つことも歩くこともできない身で、眠れずに横たわっているのはつらいだろうとおもんぱかってのことだった。


 だが、それが本当に慈悲深いおこないだったのかはわからない。新しい魔蒼玉が届くまで、おそらくひと月程度。ヴィルヘルムの言うように、それまでずっとあの腕輪を嵌めさせたまま魔法で眠らせておくほうが、あの子のためだったのかもしれない。


 なのに、おれはそうしなかった。そうすることができなかった……。


 眠っているときから、可憐な少年だと思っていた。長くほそい睫毛、好ましい曲線を描く鼻梁、みずみずしさを失わない朱鷺とき色の唇、ほっそりしていて、それなのに病的なものは感じさせない体つき。ニンゲンではなく獣人であれば――それも自分たちと同じ犬型であればと、何度思ったか知れない。そのたびに自分を抑えつけてきたのだ。


 その少年が目を開け、動いている。恐怖や不安、安堵や喜びといった表情をあらわす。のみならず、ベルトホルトの名を嬉しそうに呼んでくれた。あの曇りのないきらきらした瞳を思い出すと、胸にぽっと灯がともったような、それでいて細い紐できゅっと締めつけられたような、ふしぎな気分になる。


 もう少し、もう少しだけ、起きて動いているあの子を、飾ることもごまかすこともせず感情を顔に出すあの子を、煌めく瞳でおれの名を呼ぶあの子を、見ていてもよいのではないか。新しい魔蒼玉が届くまで、おれがあの子にできるかぎりの幸福を与えてやればよいのだから……。


 頭のどこかでは詭弁だとわかっていても、ベルトホルトはもうこれ以上自制していることはできなかった。


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本話が短いので、本日(10月9日)はもう一話投稿する予定です。

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