第3話 君の影、僕の想い ― 病室の窓辺 ―(前半)

 ― 初夏の風 ―


 5月に入り、大学のキャンパスは新緑に包まれていた。

 桜が散ったあと、季節は少しずつ夏の匂いを運んでくる。


「最近、暖かくなりましたね」


 美咲がカフェのテラス席でアイスコーヒーを飲みながら言った。


「そうですね。春ってあっという間に終わりますね」


「でも、私この季節好きなんです。風が気持ちいいから」


 美咲の笑顔は柔らかく、けれどどこか遠くを見ているようでもあった。


 ― 病院のこと ―


 その日、美咲がふと口にした。


「来週、ちょっと病院に行かなきゃいけなくて」


 僕はストローをくわえたまま、言葉を失った。


「この前言ってた持病のことですか」


「うん。定期的に検査があるんです。大したことじゃないんですけど」


 そう言う美咲は笑っていた。

 でも、その笑顔の奥にあるものを、僕は見逃さなかった。


 ― 病室の窓辺 ―


 検査の日、美咲は一人で病院に行くつもりだったらしい。

 でも僕は無理を言って付き添わせてもらった。


 白い廊下、消毒液の匂い。

 待合室の椅子に座る美咲は、いつもの彼女より小さく見えた。


「緊張してます?」


 僕が訊くと、美咲は首を振った。


「もう慣れましたから。でも、誰かが隣にいると安心しますね」


 その言葉に胸が少し熱くなった。


 検査が終わって病室に戻った美咲は、窓の外を見つめていた。


「子どものころからここに来てるんです。だから景色も見慣れちゃって」


 窓の外には初夏の光が降り注ぎ、木々の緑が風に揺れていた。


 ― 初めて聞いた病名 ―


 医師の説明を一緒に聞いた。

 美咲の病気は心臓に関わる持病で、今のところは経過観察。

 でも将来的に悪化する可能性がある、と医師は淡々と告げた。


 帰り道、美咲は何も言わなかった。

 だから僕も黙って隣を歩いた。


 バスを待つ間、美咲がぽつりと言った。


「怖いですか?」


「何がですか」


「私と一緒にいるの。病気持ちだし、めんどくさい女ですよ」


 僕は首を振った。


「そんなこと思いません。……むしろ、もっと一緒にいたいです」


 自分でも驚くほど自然に言葉が出ていた。


 美咲は少しだけ目を見開いて、それから静かに笑った。


 ― 風に揺れる想い ―


 その日から、僕の中で何かが変わった。

 美咲のそばにいたい。彼女の笑顔を守りたい。

 そんな気持ちが、日ごとに強くなっていった。


 でも同時に、彼女の未来が不確かであることが、僕の胸を締めつけた。

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