第2話 春風に揺れる日々 ― 君の笑顔の奥 ―(後半)

 ― 初めてのデート ―


 約束の土曜日。


 朝から心臓が落ち着かなかった。

 普段は人混みなんて嫌いなくせに、今日はむしろ街のざわめきさえ心地よく感じた。


 待ち合わせの駅前に立っていると、美咲が小走りでやってきた。


「ごめんなさい、待ちました?」


「いえ、今来たところです」


 そんなベタなやりとりをしながら、僕たちは並んで歩き始めた。


 ― 水族館へ ―


 美咲が選んだのは、街のはずれにある小さな水族館だった。


「ここ、昔から好きなんです。静かで落ち着くから」


 館内に入ると、青い光に包まれた水槽が並び、魚たちがゆったりと泳いでいた。


「わあ……きれいですね」


 美咲が子どもみたいに目を輝かせる。

 その横顔を見て、僕は自然と笑みがこぼれた。


「悠斗さん、写真撮りましょうか?」


「いや、俺はいいです」


「じゃあ、私の分だけ」


 美咲はスマホでクラゲの水槽を撮っていた。

 白い光に照らされた横顔は、どこか儚げで、見ているだけで胸が締めつけられた。


 ― イルカショーのあとで ―


 水族館の最後にイルカショーを見た。

 拍手と歓声の中、美咲は楽しそうに手を叩いていた。


「やっぱり来てよかったです」


「そうですね。僕もこんなに笑ったの久しぶりです」


 外に出ると、夕焼けが海を赤く染めていた。


「ちょっと歩きませんか」


 美咲の提案で、海沿いの道をゆっくり歩いた。


 ― 彼女の秘密 ―


 潮風に吹かれながら、美咲がふいに立ち止まった。


「悠斗さん……私、あんまり長い時間歩けないんです」


 驚いて彼女を見ると、美咲は微笑んでいた。


「ちょっと持病があって……でも大丈夫。普段の生活には支障ないから」


 その笑顔は、強がっているように見えた。


「……そうだったんですか」


 僕はそれ以上何も言えなかった。


 ― バス停で ―


 帰り道、バス停で並んで座った。


「今日、楽しかったです」


 美咲がそう言った。


「僕もです。また行きましょう」


「はい……次はもっと元気なときに」


 その言葉が、なぜか胸にひっかかった。


 ― 彼女の横顔 ―


 バスの窓に映る美咲の横顔は、夕暮れの色に溶けていた。

 笑っているのに、どこか遠くを見ているような瞳。


 僕はそのとき初めて気づいた。


 美咲の中には僕がまだ知らない痛みがある。

 そして、それはきっと簡単には触れられないものだということに。

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