第8話


 そうして迎えた遠足当日――。


「はぁ」


 私は自身がセットした目覚まし時計のけたたましい音で目を覚ました。


 同年代の子はスマホを目覚まし時計の代わりにしている子がほとんどらしいけど、私はは昔からこの目覚まし時計を使っている。この、兄が誕生日プレゼントくれた目覚まし時計で。


「……よりにもよってこの天気かぁ」


 軽く伸びをしながらチラッと窓の外を見ると、外は雲行きが怪しい重い灰色の雲が朝から乗っかっている。


 まるでこれから雨が降ると言っているかの様だ。


 しかし、私が気にしているのは「バーベキューが出来るかどうか」という話ではない。あの施設は万が一に備えて雨が降っても大丈夫な様に屋根が付いている場所もある。


 ただ、この天気を見て尚且つ『バーベキュー』となると母は心配するのは目に見えている。


 なぜなら、兄が行方不明になった日の朝もこんな天気だったから。


「千景? そろそろ起きなさーい」

「はーい」


 母の声に軽く返事をしたが、すぐにドアがノックされ間を置かずに母がヒョコッと顔を出す。


「な、何?」

「あー、えーっとね」


 母は顔を出したもののどう話していいのか分からずに視線を泳がす。


 しかし、どこかわたしを気遣っている様な……心配そうな……そんな表情に見え、おのずと母の言わんとしている事が見えた様な気がした。


「その、体調は……大丈夫?」


 その気を使った結果、普段は聞かない事を聞いてくるという事になる訳で。


 しかし「直接的に言うのも違う」と母の中で葛藤はあったのだろう。現にこうして考えた上で聞いてくれる。


 むしろ私よりも母自身の体調を気にした方が良さそうなくらいなのに。


「私は大丈夫」

「そ、そう」


 それでも母は何か言いたそうにしている。


「大丈夫。今はこんな天気だけど、お昼頃には天気が良くなるらしいから」


 そう言ってベッド付近のローテーブルに目覚まし時計と一緒に置いてあるスマホの天気を見せた。


「今のこの雲は夜中に降った雨によるもの。あの時とは全然違うから」

「そ、それは……そうだけど」


「お母さんが私を心配してくれている事も分かるけど」

「や、やっぱり心配だからお母さんも一緒に行こうかしら? あなたたちの邪魔はしない……」


「いいから! お母さんは家にいて?」

「でも……」


 あの雨の日以降。母は雨が怖がる様になった。


 普通に雨が降っている分にはまだいい。しかし、雨が強まると天気予報で言われた日は母が学校まで迎えに来ていた。


 小さい頃こそ嬉しがったが、次第にそんな母の様子を見て「可哀そう」だと思う様になった。


 まるであの日にずっと縛られているかの様に私には見えたのだ。


 それはきっと父の影響も大きかった様に思う。


 あの日。兄が行方不明で見つからなっていないとなった時。父は真っ先に母を責めた「どうして行かせたのか……」と。周りから見れば「子供を心配している父親」に見えただろう。


 しかし、私は知っている。


 父が本当に怒っている理由は「ただ周り良い父親に見られたかっただけ」という事を。


 元々仕事人間で家庭は顧みるタイプではなかった。今となっては「よく再婚出来たな」と思うくらいである。


 だからなのか元々兄は父ではなく離婚した母親の元に行くはずだったらしい。しかし、実はこの母親も母親で問題のある人だった様だ。


 それは小さい頃にひょんな事から兄から聞いた話から知ったのだけど……。


「でも、今となっては行かなくて良かったと思っているよ」

「どうして?」


 そう聞くと、兄は笑顔で「可愛い妹が出来たから」なんて嬉しい事を言ってくれたが、多分「金を積まれて親権を渡す様な人の元に行かなくて良かった」と言いたかったのだろうと今となっては思う。


 そんな事情も相まってただでさえ母はあの日の事を心底後悔しており、たまに過保護を通り越している言動になる事があった。


「今時高校三年生にもなった娘の遠足に同行する親なんて恥ずかしいだけだから!」

「そ、そんな言い方しなくてもいいでしょ!? 私はただあなたが心配で……」


 分かっている。それはあたしもよく分かっている。それでも言いたい「母のやっている事は過干渉だ」と。


「お母さんの気持ちは分かっているつもりだよ? でも、少しは私を信じて欲しい」


 そう言うと、母はハッとした様子で俯いてしまった。

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