『イモタン』
宮本 賢治
1話完結·短編
旦那が仕事から帰ってきた。
夕食の準備は万端。
食卓には、焼き立てのサンマの塩焼き。
さっき七輪の炭火で焼いた。
サンマには大根おろしと半切りにしたスダチ。
チョイ焦げくらいの絶妙な焼き加減。
わたし、天才だな。
主婦の鏡。
サンマの塩焼きには、ヤッパ、コレ!
そりゃ、キンッキンに冷えたビールでしょ。ウチは食事のときは瓶ビールを飲む。だって、美味しいもん。
「はい、お疲れ様♡」
「うん、ありがと♪」
トクトクトクと旦那のグラスにビールを注ぐ。
そしたら、ビール瓶を奪われる。次はわたしの番。旦那がわたしのグラスに注いでくれる。
ウチは共働き。2人はマイホームとマイカー、ダブルローンの共同返済者1号、2号。
「ん〜、ありがと♪」
そして、乾杯。
今日もお疲れ様!
ゴクゴクゴク···
んまい♪
さて、サンマを食べよ。
スダチを搾って、サンマにかける。大根おろしにはお醤油をたらす。チョイとサンマの背中の皮をめくると、白いキレイな身が現れる。
パクっ。
ジャワっと美味しい脂が口に広がる。純然たる脂なのに、しつこくない。
スダチだ。
さわやかな香りがしつこさを和らげてくれる。
お腹を破ると、肝が姿を現す。
形が崩れてない。こりゃ鮮度抜群。肝を抜いて焼くと、味が落ちる。肝も食べられない焼き魚は鮮度が落ちる。
肝をちょっと箸で崩し、やわらかいお腹の身と一緒に食べる。
うっま。
ぜんぜん臭くない。
わずかな苦味。
すかさず、冷たいビールを口に含む。
さわやかな苦味の競演。
焼き魚は熱々が美味しい。
身が香ばしい。
表面がパリッ、中の身がヌメッ。皮と身を一緒に食べる。食感の妙。ジュワッと旨味が口中に広がる。
炭火バンザイ!
遠赤最高!
「おいっしい〜ね!」
わたしが満面の笑顔で言うと、
負けない笑顔を旦那は返してくれる。
「うん。
世界一のサンマの塩焼きだよ」
旦那はグラスのビールを飲み干した。わたしは空いたグラスにおかわりを注ごうとしたら、手で制された。
「スッゴい上手に焼けてるし、肝が最高なことになってるから、ちょっと飲み物チェンジするわ」
戸棚から、旦那が茶色い酒瓶を出した。見たことない瓶だった。
「あれ?
それ、初めて見るね」
わたしが聞くと、ダンナが新しいグラスを出して答えた。
「芋焼酎だよ」
「けど、いつも飲んでるのと、違くない?」
「ああ、いつものやつは、ロックかお湯割りで飲むやつ。
これは、イモタン用だよ」
「イモタン?」
初めて聞く言葉。
「そう。
芋焼酎の炭酸割りで、
イモタン!
イモタンするときは、やっすくて、くっさい芋焼酎が合うんだ」
ん?
「くっさいの?」
「うん。
くっさい!!
だから、美味しい!
しかも、コレ飲み過ぎたら、次の日、朝イチのオシッコもくっさいんだよ」
オシッコも臭い。
いらん情報。
氷、芋焼酎、炭酸水を入れ、マドラーでカラカラカラ。
旦那はサンマの肝を舐めて、イモタンを飲む。
く〜っ、たまらんと首を横に振ってる。
「ね、ソレ、美味しいの?」
「うん、芋くさい!」
わたしはニンマリと笑う。興味沸いてきた。
「ちょっと味見したい!」
「はい、どうぞ」
旦那がグラスを渡してくれた。
グラスに鼻を近づける。
「ホントだ!
芋くさい!!」
一口、口に含む。
芋くさい香りが広がり、強炭酸がシュワ〜!
肝を舐める。
イモタンを飲む。
肝の旨味、わずかな苦味がフワッと口中に広がり、スッと消える。
わたしはグラスを旦那に返した。
「どうだった?」
聞かれて、答える。
「わたしにも、1杯作ってよ!」
「言うと、思った」
そう言って、旦那はわたしの分も作ってくれた。
サンマの塩焼きにイモタン。
最強だった。
そして、塩焼き食べちゃった。
でも、何か、飲み足りない。
旦那の催促。
「ね、ちょっとつまむものある?」
わたしは思案した。
お! アレだ!!
さっき、サンマを焼いた七輪。
炭火はまだくすぶっている。
炭火で炙る。
アチチとソレを手でさく。
皿に置き、その縁に七味マヨ。
「はい、お待たせ♪
エイヒレの炭火炙り、七味マヨ添えにございます」
実家から送ってきたエイヒレ。
割りと良いやつ。
ソレを炭火で炙った1品。
七味マヨをチョンとつけて、パクっと食べる。
あ、コレは人をダメにする味だ!
みりんの効いた甘みのある肉厚なエイヒレ。炭火の遠赤外線で旨味が増幅。しかも香ばしい。味が濃縮されたエイヒレをクリーミーなマヨが包み込み、七味がピリッと良いアクセント。
すかさず、イモタンを飲むと、エイヒレの旨味をふくらませて、サラッと消える。
旦那が右手を伸ばしてきた。
わたしは旦那と固い握手をした。最高のツマミに対しての敬意と感謝を表した握手。開発者としては、誇らしい瞬間だ。
イモタン夫婦はさらに杯を重ねた。明日も2人とも仕事だと言うのに、夜は更けゆく。
朝、目を覚まし、リビングダイニングへ。テーブルの上、芋焼酎の一升瓶、空。
バカじゃん。
でも、焼酎は翌日に残りにくい。頭はちょっと重い気はするけど、痛いまではいかない。
トイレに入り、座る。
···。
あ!
思わず、声に出た。
ホントだ。
イモタン、恐るべし
了
『イモタン』 宮本 賢治 @4030965
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