第8話

 ​三谷道啓は、辰之介が子供たちを集め人買いをしているという噂を確かなものにしようと弟子の妙義丸みょうぎまるを町に放った。

 妙義丸とは得度した時の名で。

 時に豆腐屋の弥平やへいの顔も持つ、道啓の右腕であった。

 頭巾で顔を隠した妙義丸の報告によると、困っている孤児たちをかどわかし、田舎の貧しい農家や遊郭に売り飛ばしているというのだ。

 道啓は、この悪行が辰之介の過去に深く根差しているのではないかと、いつもの勘働かんばたらきが冴える。

 ​道啓は、辰之介の生い立ちを調べる事にした。

 僧侶としての網は寺請制度のお陰で他宗他門と言えど、先祖伝来の名前や籍、死亡歴がほぼ載っている過去帳を見て調べる事は容易たやすかった。

 辰之介は、下総国葛飾郡大嶋の出で、かつて下級武士の家に生まれた子であった。

 しかし、家は付け火で焼け落ち、父と母は命を落とす。

 孤児となった辰之介は、奉行所の役人に頼ろうとしたが、彼は身分の低い武士の子であるため、まともに取り合ってもらえなかったらしい。

​「この世は、弱い者を食い物にする者だけが生き残る」

 ​辰之介は、この絶望的な教訓を胸に、悪事に手を染めていった⋯⋯と彼の菩提寺の住職が語っていた。

 しかし、彼の本当の理由は、過去に自分を助けてくれなかった町や武士への復讐心であろう事は想像に難くない。

 自分と同じような境遇の者たちを騙し、彼らがかつて自分に助けの手を差し伸べなかった者たちと重なって見えたのである。

 ​道啓は、辰之介の過去を知るにあたり、深く心を痛めた、法縁寺に帰着してからというもの本堂にて読経唱題しながらどう供養するかを熟慮していた。

 南無妙法蓮華経と唱える唱題行しょうだいぎょうの数が一万遍になんなんとする時、辰之介は、自分と同じように絶望から悪道に堕ちた「もう一筋の可能性」であった事を悟る。

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