第5話

 鶏が鳴いている。

 数刻だけ寝た三谷道啓はスッと起きた。

 本堂から読経唱題の声が聞こえる。

 手水ちょうずで口を濯ぎ顔を洗うと着物を着替えて本尊に手を合わせる。

 声の主はお清だった。

「和尚様、わけがわかりませぬが愚痴を聞いて頂いて一週間も経たぬうちにいつの間にやら地上げや強請りが無くなりました」

「お清さんの赤誠せきせいの志を、仏様が応えてくだすったのじゃよ」

 お清は涙をたっぷり湛えて泣き笑いに「そうなんでしょうか、何だか狐につままれたようです」と言った。

「ハッハッハ、仏前で化かす奴なぞおらぬよ」

 二人で明るく笑い合った。

「このお礼はきっと」

「なになに、精一杯の志たる供養は私が間違いなく仏様へお取次ぎ申した、それ以上取るなぞ仏様は業突く張りではないよ。陰徳あれば陽報ありと申してな、誰も見てないところで陰に努力を積んだ人には必ず現れたる果報が来るものよ」

 お清は言葉が出ない。感極まっていた。

「報恩謝徳したくなったらいつでも参りにおいで、なお清さんや」

 台所からほうじ茶の香ばしい香りが鼻をくすぐってきた。

 所化小僧と呼ばれる修行途中の若い僧侶が茶を淹れていた。

 出されたほうじ茶を飲んだら安心したらしく、お清は帰っていった。

「師匠、薬です」

「うむ」

 昨夜未明、茶店のお多美とバッタリ出くわし、成り行きで薬を貰ってくる予定であった。

「しかし解せんな」

「何がです?」

「いや⋯⋯」

 潮時という事を考えないわけではなかった。

 しかし人のために始めた裏稼業は、殺さず犯さず困った者からは奪わないと堅く御宝前に誓った道啓だが、何故かお多美という娘と出会ってから二面性のある今の境涯を悔いる時がしばしばあった。

 もちろんやると決めたら心を鬼にして非情に徹するが、なにぶんまだまだ未熟な凡夫である。

 道啓は一時の気の迷いさと心を禅定ぜんじょうにして気を取り直す。

「師匠、銭おくれ」

「まったくお主は相変わらず銭が好きじゃの。ほれ。あのなぁ霊山浄土には銭の類いは持って行けぬのじゃぞ」

「⋯⋯地獄の沙汰も金次第と世間でも言いますよ」

「流石は末法の世よ」

 二人して、ほうじ茶を啜りながら朝餉を何にするか話し合っていた。

 法縁寺は日を浴びて、雀も鳴き出してきた。

 風は緩く二人の笑い声が本堂からこだましていた。

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