『未公開映像ファイル No.21 : ピーマン山元』

 この映像は、2020年夏、某キー局で収録された深夜バラエティ番組のロケ記録である。タイトルは『真夜中の肝試しロケ!本当に笑ってはいけない廃墟ホテル』。


 放送は収録の数週後に予定されていたが、突然中止となった。局は「出演者の体調不良による」とだけ発表した。


 映像を確認したスタッフは皆、苦笑いを浮かべたと言う。





 撮影現場は、郊外の廃ホテル。

 出演者は若手芸人3人と中堅芸人のピーマン山元、そしてMCの5人構成。山元は明るくノリがよく、現場でも常にシュールなボケで笑いを取るタイプだった。


 収録開始直後も普段通りだった。

 山元は「お化けの皆さん! 元気ですかー!」と冗談を飛ばし、スタッフや共演者の笑いを取っていた。


 ところが――撮影が始まって15分ほど経ったころ、山元の様子がおかしくなり始める。





 廊下でロケが進行していた時、山元が急に立ち止まり、カメラをじっと見つめた。その顔には笑みがあった。だが、目が笑っていない。


 MCが「どうした?」と声をかけると、山元は静かに言った。



「……誰か、ここにいる?」



 周りの芸人が「出たよ~」と笑いを誘うが、山元は反応しない。そして唐突に――自分の頬を両手で叩きはじめた。



 パチン、パチン、パチン。



 リズムを取るように、規則的に、ゆっくりと。


 MCが止めに入るが、彼は顔を向けず、ただ口元で微笑んだまま。「ツッコミの練習してるんすよ」と言いながら、また叩き続けた。





 数分後。

 スタッフが無線でカットをかけると、山元はすっと手を下ろした。

 すると、山元は何事もなかったかのように、「すみません、ちょっと今日調子悪くて」と笑う。その瞬間だけは、誰もがホッとしたという。


 だが次のカットで、彼はまた奇妙な行動を取った。トイレの入り口に立ち、急に“拍手”を始めたのだ。



 パン、パン、パン、パン――。



 笑いを取るようなテンポではない。

 間も悪く、無表情のまま、十数回繰り返す。


 他の芸人が「神社ちゃうんやから!」と突っ込むと、山元はゆっくり首を傾け、「……そうですね」とだけ言った。


 それきり、一切笑わなかった。



 休憩を挟んで後半。

 山元はロビーの隅に座り、誰にも話しかけず、ずっと鏡を見ていた。ADが心配して「大丈夫ですか?」と声をかけると、彼はこう言った。



「……なんか、ここ、面白いっすね」



 そう言って、鏡の前で自分の口を両手で隠した。しばらくして、肩を震わせて笑っているように見えたが――その目は一切笑っていなかった。





 撮影は予定よりも早く打ち切られた。

 山元は車で先に帰され、そのまま翌日に出演予定だった別の番組の生放送も欠席した。


 当時一緒にロケに参加していた若手芸人の一人が、後にこう語っている。



 「最初は山元さん“また変なボケしてるな”って思ったんですけど……途中からあの人、完全にヤバい雰囲気でした」





 その後、ピーマン山元は所属事務所を退所。

 公式プロフィールも削除され、現在の行方は不明である。



 ──映像の最後、山元は廊下のカメラに向かって深く頭を下げていた。それはまるで、“何かに対して”お礼をしているようだった。

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