『未公開映像ファイル No.20 : ふじや食堂』

 この映像は、2022年に地方局で制作された旅番組の未放送記録である。番組タイトルは『ほっこり街さんぽ』。地元の名物店を紹介する、ごく普通のグルメ企画だった。


 だが、この回だけは放送予定表から突然削除された。理由を尋ねても、誰も明確に答えようとしなかった。





 ロケ地は、郊外の古い食堂「ふじや」。もちろん事前に取材許可は受けてから出向いている。開業から40年続くという夫婦経営の小さな老舗で、看板メニューは“玉子焼き定食”。


 新人アナウンサーの三上咲希が元気に挨拶をする。



「こんにちは〜! テレビの取材でお邪魔します!」



 笑顔で入店するが、老夫婦は何も言わない。ただ、二人とも焦点の合わないような目でこちらを見つめて首を傾げる。


 沈黙が続き、三上アナが困ったようにカメラを見た。スタッフが合図し、質問を続ける。


「このお店、もう長いんですよね?」

「ええ……長いです」

「いつごろから営業されてるんですか?」

「ええ……長いです」


 同じ答えが返ってくる。

 声も、表情も、まったく同じ。


 三上の質問に答えるたびに、夫婦はまるでスイッチが切れたように動かなくなった。マイクの擦れる音だけが響く。


「……生きてます?」とADが小声で漏らしたのを、三上アナが肘で制した。





 厨房の撮影に入る。だが火はついておらず、鍋には何も入っていない。


 そして、主人が小さく呟いた。



「もう、今日は……作らなくていい日なんです」



 三上アナは笑って誤魔化すが、声が震えている。店内には時計の音だけが響く。





 やがて、老夫婦が同時にカメラを見た。

 女将が尋ねる。


「……あなた、前にも来ましたよね?」


「……いえ、初めてお伺いさせていただきました」


 三上アナが戸惑いながらも答えると、被せるように女将が告げる。



「あなた、この店を潰しに来たんでしょう! 出て行ってください!」



 スタッフが慌てて否定し、撮影を終了した。


 ADが取材許可を得るための交渉時の電話では、気さくそうな主人だと思ったと言う。





 放送はお蔵入り。

 三上アナはその後、アナウンサーを辞めて地元に戻った。


 取材から半年後、別のスタッフが面白半分に客として再訪してみたところ、店は営業していた。主人も女将も気さくで、いいお店だったという。

 ただし、老夫婦は「取材なんて受けたことは一度もない」と言ったという。



  ──今も「ふじや」は営業を続けている。昼時には、変わらず老夫婦の笑顔が迎えてくれるそうだ。

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