第三十二景 この頃はやりの女の子


 各界の若手たちがモデルとなって、ストリートファッションの今を紹介する記事に——

 レイちゃんへオファーが来た。


 キワモノ枠で選ばれたようではあるものの、ラジオやライブでの活躍、

 そして何より稲荷神社や商店街での騒動がSNSで拡散されたのが大きかったようである。



「ようやく時代が追いついたわね」

「その自信! 悪い予感がしますぞ!」

「次は道路掃除じゃ済まないのにゃ!」


「何よ! 私だってちょっとは成長したわよ。

 ウチはウチ、よそは他所って、心に棚を作れって!」


「「やっぱり危険な予感がしますぞ(するにゃ)!!」」


「で、話の内容はどうなのにゃ」

「普段着って体(てい)で、実際はスタイリストが付くらしいんだけど、

 あっちが私のスタイルにビビッと来たみたいで——

 “ゴシックゴースト”とか“ゴーストスタイル”ってのを流行らせたいんだって」

「なんか流行の裏事情が透けてきて、世知辛いですな」


「とはいえ今回の仕事もそうだけど、レイちゃんとパンダちゃんだけでは何かと不都合が起こりそうにゃ」

「そうですな。パンダちゃんがいても、未成年のレイちゃん一人では心配ですな」


「で、具体的にはどうするのよ!」

「「助けて、菊えも〜ん〜〜!!」」


 ————


「実はかくかくしかじか、という訳なんですよぉ〜」

「前にもこんなやり取りあった気がするんやけど……ひでぶ? ちゃうちゃう、デジャブやったかいな?」


「要するに、レイちゃんにはそれと分かる後ろ盾が必要なわけにゃ(ですぞ)」

「そうは言うても、人の世に干渉できるのはレイちゃんとパンダちゃんだけやしなぁ。

 人形のアタシが出張ったら、みんな腰抜かしよルワ」



「お菊さん、パンダちゃんならなんとかできるのではないかにゃ」

「……パンダちゃんの霊力なら、ワンチャン誰かを変化できるかもしれんな」

「その役、お菊さんにお願いできませんかな?」


「そりゃ願ってもないけど、ウチでええんかいな?

 こんなおばちゃんでよかったら任しとき!」


 そういう事になりましたぞ。


「ナムーン☆オカルトパワー・メイクアーップ!!(早くニンゲンになりたいですぞ!)」


『♪キラ〜ン♪』


「どや? ウチの魅力に完封されたやろ」

「「「…………」」」


「なに黙っとんの、見惚れたらあかんで」

「……お菊さん……鏡」


「な、なんやこれーーーっ!!」


 鏡に映ったその姿は——推定200センチを優に超える、おかっぱ頭の市松人形だった。


「こんなんウチやあらへん!

 本当のウチは色気ムンムンで、若い衆が見惚れるようなバリええ女や!

 しゃんとせんと承知せえへんで! やり直しや!」


 ……と、やり直すこと丸一日。


「はぁ、はぁ……今日はこの辺で勘弁したろかい!」


 身長180cm、体重140kg、そしてスリーサイズすべてが140cm。

 市松人形が巨大化したような化け……(げふん、げふん)美女が誕生した。


「「「市松コ!!(にゃ)」」」


 ————


「という訳で、叔母が(アタシの)心配をして撮影現場に立会いたいというのですぞ」


「レイの叔母の菊エや。ウチは現場第一主義やで。

 あかん言われても立ち会うさかい、つべこべ言うたら後で泣いても知らんで〜!」


「も、もちらろんです。おじ……叔母さんさえ良ければ、現場へどうぞ(汗)」

「あ、ああん? 今おじさん聞こえたけど、ええ医者紹介しよか?」


 ……コソコソ。

 ……「レイちゃん、叔母さんってどういう人?」

 ……「あっちの世界の相談役って言ってましたな、

 ひっきりなしに人が来ては、お布施をして帰って行きまぞ。

 先に三途を渡った人たちへの詫びでやっているそうですな」


 ……「へっ、へ~凄いね……」


 ……「あと、亡くなった親に会うのが楽しみだとも言っていましたな。やるだけやったから褒めてもらうんだって」


 ……「亡くなった親分に……。殺るだけ、殺ったから……」


(え……。やばい、絶対ヤバい。自分のカンがそう外れた事はない。何とかこの場を乗りきらないと!)



「ハウスダストプロモーションの矢場井と申します。

 この度はお忙しいところお越し頂き誠にありがとう御座います……」

(何だか今日のレイちゃんはいつもよりオヤジっぽいような……)


「レイがお世話になっとります、叔母の菊エや。

 よろしゅう頼んますわ!」


(感情を全く映さない青白い顔、底無し沼に沈んだガラス玉のような目、

 人の生き血を啜ってきたかのよう唇、この世の人とは思えない……。

 この人、相当な数の命のやりとりしてそうな目ぇしてる!)


「こ……こちらこそ宜しくお願い致します。レイさんの現場に立ち会いご希望とか、き……菊エさんはお仕事の都合などは宜しいんですか?」

「この歳ですから、どっかで揉め事でもない限り、こっちの都合でやらせて貰ってますわ」

(間違いない! あっちの世界の相談役だ!!)


「へ、へ~~。ちなみに(表向きの)ご職業は?」

「ま、葬祭関係やな。“おくりびと”みたいなモンや思てくれたらええわ」

(しかもヒットマン〈殺し屋〉の手配!)


「死んだ人間に悩まされるような事があったら、ウチに相談しいや。

 綺麗さっぱりや」

「あ、ありがとう御座います。

 こ、この仕事でやっていけそうなんで、お手を煩わせることは無いかと思いますが、お声がけ感謝いたします!」

(さらにスイーパー〈掃除屋〉!!)


「で、今日は撮影やて? なんやおもろそうやんか!」

「はい、これからスタイリストとヘアメイクが入ります」


「…………」


「あかん! それあかんで! ウチのレイの支度はこっちでさせてもらいますわ」

「ですが、それでは……」


「女の秘密っちゅうもんや。詮索なんて野暮なこと言わんとき!」

「そ、そ〜ですよね。そう、おっしゃる通りです! 仕上がりだけチェックさせていただければ……」


(レイちゃん、否、レイお嬢。ああ見えて背中に倶利伽羅もんもんとか!?

 もしや彼女が菊エ姉さんの跡目……とか〈汗〉)


「菊エさん……否、姉さん! レイさんのこと……“お嬢”って呼ばせて頂いてもよろしいでしょうか?」

「お嬢? アンタ分かってんじゃない。なかなか見どころあるやん」


「ありがとうございます! すぐ準備しますので、あちらにお茶など用意させましたから、レイお嬢と少々お寛ぎください!」


「気が利くやん。そういう子、好きやで」

「アタシ、周りの人たちに恵まれてるのよですぞ」


「色々あって彼女だけ個室になるから、最終チェックとかなんとか言って上手く対応してよ」

「新人一人にそれだけ気を使うって彼女何様ですか?」


「君らの知らない世界ってのがあるんだから、深く詮索しないように……」

 ……ひゅ!……



「立ち入り禁止の個室や! ウチら以外は入れんように確保しといたったで」

「さすがお菊さん、頼りになりますな」


 実はパンダちゃんはレイちゃんの身代わりに変化をしながら、

 寄り添うお菊さんも変化させていたのだ。


「お疲れ様〜。このケーキ美味しいわね」

(レイちゃんてば人の苦労も知らないで呑気なものですな。もう少し労わって欲しいですぞ)


「案外なんとかなるもんやなぁ、なるなる」

「案ずるより食う“はま寿司”よね」

「案ずるより産むは易しですぞ」


「そうとなったら始めましょ」

「衣装は預かりましたけど、ヘアメイクとかどうするのですかな」

「あの世に美の巨人あり——と言われるカリスマ美容家のお菊さんに任せとき!」


 ————


「レイさ〜ん、レイお嬢〜、出番で〜す!」


 カーテンが開いたその瞬間、空気が変わった。


 光を吸い込むような漆黒のドレス。

 繊細なレースが波打ち、月光のように白い肌を際立たせる。


 真紅のリボンが黒髪に映え、瞳は冥府をも射抜くほどに澄んでいた。


 社長「(な、なんだこの圧……! 控えめに言って裏社会のスーパーモデル!!)」

 カメラマン「すごい……シャッターを切る前から絵になってる……!」

 スタイリスト「衣装が負けてる……こんなの初めて……!」

 照明さん「逆光すら味方に……!」

 メイク「もう完成されてる……手を加えるのが恐れ多い……!」


 ドレスの裾からのぞく素足は氷の彫刻のように白く、歩く姿は風そのもの。

 生きているのか、幽(かす)かなる幻なのか——。


「……どう?」

 レイちゃんはくるりと一回転して、裾をふわりと広げた。


 ————


 ゴシック・ロリータ——西洋の古典的な様式を日本人ならではの感性で受容し、さらに独自の魔改造を施すことで成立したジャパニーズド・カルチャーである。

 その系譜の中において「ゴシック・ゴースト・ロリータ」は、一見すれば単なる派生にすぎない。


 しかし、異界的要素——すなわち「あの世」の虚無的な世界観を積極的に導入することで、従来のロリータ・ファッションが持ちえなかった「死の美学」と「霊的身体表現」を獲得するに至った。


 やがてこの様式は、単なる一過的流行を超えて、音楽・建築・舞台芸術に波及し、さらには都市景観にまで影響を与えることとなる。

 この時期における熱狂的支持層、いわゆる〈レイダー〉を中心に発展した文化運動は、後世「レイダー様式(RAYDER Style)」と総称される。


 学術的には、19世紀末に起こったアール・ヌーヴォー運動や、20世紀後半のサブカルチャー潮流と並置されるべきものであり、21世紀初頭における「霊的ポストモダン」の典型例と評価されている(参照:架空文化史研究会編『レイダー様式論序説』、2027、白黒熊社)。


 ————


「お菊さん、お菊さん、またパンダちゃんの妄想が始まったわ」

「ホンマ、孟宗竹で妄想だけ……って、意味わからんわ!」

「仏様も言っとるわ、ほっとけって……」




 *――*――*――*――*――*――*



 更新予定は火曜日と金曜日の21時です。

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