第三十一景 ゴーストライダー


「パンダちゃん、乗り物に変化してみない?」

「おっ、大型トレーラーとかスポーツカーにトランスフォームする的な?」


「いえ、もっと普通の……具体的に言えば、オートバイよ!」

「背中に『仏恥義理』って刺繍入れた服で?」


「『天上天下唯我独尊』は惹かれるけど、そんな珍車じゃないわ」

「イケてる女としては、セクシーなライダースーツに身を包み、夕日の海岸線で風になりたいのよ」


「この前観たアニメの女泥棒みたいに?」

「そう、それで男の子たちを手玉に取って、

 『女の子から隠し事をとったら何も残らないわ』

 とか言ってみたいのよぉ! どう、カッコいいでしょ!!」


「確かにカッコいいですが、ちょっと無理過ぎでは(レイちゃんには)」

「ねぇ、お願いだからちょっと変化してみてよ」


「仕方ないなぁ、レイ太くんは……。

 ナムーン☆オカルトパワー・メイクアーップ!(オートバイですぞ!!)」

『♪キラ〜ン♪』


 ……シーン……。


「…………」

「…………」


「なんでオートバイに丸いハンドルが付いてるの?」

「…………」

「なんでオートバイに脚が四本あるの?」

「…………」

「なんでオートバイなのにパンダの形なの?」

「…………」


「これ! 遊園地にあるヤツじゃない! パンダカーじゃない!!」

「の、乗る気があれば何でも乗れる! 元気ですか〜!」


「って、誤魔化すんじゃないわよ」

「せっかくだから乗ってみては?」

「まったくもう……」

「上に跨がって、三百円を入れますぞ」


「お金取るの? ケチ臭いわねぇ」

「様式美ですぞ(ケチ臭いのはどっちですかな)」


(オモチャのチャチャチャなリズムと共に、パンダちゃんカーが走り出す)


「あら、案外楽しいわね。もっとスピードは出ないの?」

「ここじゃ狭いので……」


「ちょっと近所を回りましょうよ」

「しからば……レッツゴー!」


 路地を抜け、住宅街へ。

 道行く人たちが何事かとこちらを見ている。小さい子たちには大人気だ。


「あ〜、パンダちゃんだ」

「いいな〜」


「みんな私のことを見ているわね。イケてる女の魅力ってことかしら」

「…………」


「ねぇ、もっと飛ばしてよ。海までひとっ走りよ」


 海岸線を西に向かって爆走する、レイちゃんを乗せたパンダちゃんカー。


「大海原を横目に風になるなんて最高ね!!」

 ご機嫌のレイちゃんである。


 と、その時! 赤色灯とサイレンの音が近づいてきた。

「前を走るパンダの運転手さん! 停車してください!

 パンダカーの運転手さん! 停車してください!!」


「しつこいインターポールの警部が追ってきたわね」

「何を言っているのですかな?」


「『とっつぁん、あばよ』ってヤツよ」

「『とんでもないものを盗む』アレですな」


「そうと決まれば、地の果てまでも逃げてやるわ」

「素敵なエンディングテーマが聞こえてきそうですな」


 ————


「ようやく逃げ切れた様ね」

「あれ? あれれ?」


「どうしたの、パンダちゃん?」

「三百円だとここまでみたいですぞ」


「と、なると……」

「と、なると?」


「あと三百円を入れてください」

「あれで全財産に決まってるでしょ」


「……残念なお知らせがあります。本日の営業は終了しましたぞ」

「な! なんとかしなさいよ!!」


 ————


 キコ、キコ、キコ……。


「あと、どれくらい?」

「さっき聞いたばかりですぞ」


「あんたお札に変化しなさいよ」

「通貨偽造は重罪ですぞ」


「もうちょっと早くて楽な乗り物になりなさいよ」

「これでも頑張ったのですぞ」


 補助輪付き子ども用自転車に乗った少女が、夕日の国道をひた走る。

 前カゴにはパンダのヘッドマスコットがあしらわれている。


「ああ! パンダちゃんの自転車だ!

 お姉ちゃんなのに! 補助輪付きだ!」

「ダメよ! 見ちゃ!」


「……え〜ん、お家に帰りたいよう」

「……ぐっすん」


 ————


『今日午前十一時ごろ、神奈川県〇〇町の国道◯号線にて、ナンバープレートのないパンダ型の改造車が走行。警察による停止を無視し現場を立ち去り、現在も行方をくらませています』


「……レイちゃん、帰りが遅いと思ったら一体何をしていたのかにゃ? かにゃ?」

「……え、えっと……パンダちゃんがどうしても海が見たいって言うから、付き合っていたのです……よ」


「……パンダちゃん、司法取引って知っているかにゃ?」

「!! レイちゃんがやりましたぞ!! ワタクシは止めたのですぞ!!!」」


「何よ! アタシだけじゃないでしょ! アンタだってノリノリだったじゃない!!」

「「ぎゃ〜、ぎゃ〜!」」


「黙らっしゃいにゃ!!!」


 その後、レンゲさんの報告を受けたお菊さんにこっぴどく叱られ、罰としてしばらく国道の掃除をさせられましたぞ。


「レイちゃん……ひどい」

「いや〜、めんごめんご」


「あ〜、この間の、自転車乗れないお姉ちゃんだ!」

「ダメよ! 自転車が苦手がお姉ちゃんだっていっぱいいるのよ」


「さあ、帰りましょう」

「ママ、おててつないで歌う」

「「お〜手ェて、つ〜ないで、野み〜ちをゆうけえば……」」


「…………」

「……レイちゃんどうかしましたかな」


「おかあさんって、どんな感じなのかな」

「……どんな感じですかなぁ」


「夕日が眩しいわ」

「……そうですなぁ」


「カラス〜なぜなくの……」

「…………」

 夕日に口ずさむレイちゃんの横顔は、なんだか寂しく感じられましたぞ。




 *――*――*――*――*――*――*



 更新予定は火曜日と金曜日の21時です。

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