第2話 顔のない復讐
みなさんは、自分の顔が好きですか?
わたしは──好きでも、嫌いでもありません。
若い頃には、「私の顔って、他人にはどう見えているんだろう」なんて、気にしていた時期もありました。けれど、歳を重ねるにつれて、そんな気持ちは、いつの間にかどこかへ消えてしまいました。
顔って、不思議ですよね。
自分の顔は、自分では見ることができない。──あっ、もちろん鏡とか、写真とか、そういう“道具”を使えば見られるんですけどね。でも、それは“本当の顔”なんでしょうか。たとえば、ふとした瞬間の表情とか、無意識のまなざしとか。そういうものは、自分にはわからない。他人には見えているのに、自分だけには見えない。
一方で、街を歩けば、そこには無数の「顔」があります。見知らぬ他人の顔を、好きなだけ見つめることができる。歪んだ顔、笑った顔、無表情な顔──でも、自分の顔だけは、いつも“外側”からは見えない。
さて。
もし、他人の顔が、ひどく醜く歪んでいたら?
あるいは、焼けただれていたとしたら?
あなたは、それを「見る」ことができますか?
見るに堪えないと、目を背けますか? それとも──見つめますか?
2000年代の初め、遠く海を越えたイギリスで、「アシッドアタック」と呼ばれる事件が相次いだそうです。
アシッドアタック。
強い酸を、標的の顔に向かって──バシャッと。
復讐の手段として、社会問題になるほどに「流行」したそうです。
恐ろしいことに、いまの医療技術をもってしても、損傷を元通りにすることはできません。
中には、目に酸が入って、視力を失った方もいたとか。
平和なこの国では、まず話題になることのない、どうでもいい話。
──でも、わたしは、そんな「どうでもいい話」を、これからしようと思います。
《茂田の独白》
「おれの名前?なんだっていいじゃねえか。どうせよう、俺のことなんかだれも見てねえんだから。まあいい、おれは茂田だ。下の名前?んなもん、あってもなくてもかわんねえ。おれは茂田。」
「むずかしいこたぁ学がねえからわからねえけどよ、いまの世の中、狂っちまったんじゃねえかな。みんな、おれみたいな透明人間だよ。いてもいなくても、変わらない。誰がやったって同じ仕事。そこには感謝もなにもない。日々を生きるための稼ぎのためだけに、床を磨いてる。トイレを磨いてる。」
「そうするとな、ある日からだんだん、影が薄くなっちまった。だーれもおれのことなんか気にしないんだからさ。おれはいてもいなくていい、透明人間さ。」
「なんで酸をかけたかって?んな野暮なこと聞いてくれるなよ。俺だってどうしたらいいかわかんねえんだからさ。ただひとつ言えるのはな、スカッとしたってこと。」
「おれのことを“いないもの”として扱ってきた連中、揃いも揃ってメクラになっちまった。みーんなケロイドさ。」
「あのよう、40超えたら生き様が顔に現れる、なんていうだろ?ハハハ、あいつらの生き様、酸で上書きされちまってよう。」
「ゲハハ、こりゃ失敬。コンサルだかなんだか知らねえけども、これで、ようやく生きた証が残せたってことかもしれねえな。これまでは生きてても死んでてもかわんねえ、つまんない地縛霊みたいだったけども、あいつらの顔にしっかりと、“俺はここにいる”って刻み込めたな。」
《報道》
都内の大手コンサルティング会社のオフィス内で、社員13名が顔に強酸を浴びせられるという衝撃的な事件が発生した。被害者はいずれも顔面を中心に重度の化学熱傷を負い、うち8名は失明の可能性が高いと診断されている。
犯行現場は騒然とし、悲鳴が響き渡ったものの、目撃情報によれば、犯人は「まるでそこにいなかったかのように」姿を消しており、現在も行方はわかっていない。
警察は現在も捜査を続けているものの、容疑者の特定には至っていない。関係者によると、現場周辺においても目撃情報は得られておらず、警察は引き続き監視カメラ映像の解析や聞き込みを進め、慎重に証拠を積み上げている。
捜査関係者は「市民の皆さまには不安をおかけしているが、一つ一つの情報を精査し、必ず事件の全容を解明したい」とコメント。事件現場となったビルで働く人々の間には「怖くてここではもう働けない」と不安の声が広がっている。
《社会の反応》
この残忍な犯行は、瞬く間に世間に衝撃を与えた。
SNS上では「アシッドアタック」という言葉がトレンドとなり、「顔が人生を左右する現代社会の闇か」「被害者がかわいそうだ」「犯人の動機は理解できないが、共感する部分もある」といった、賛否の分かれる投稿が飛び交った。
一方、犯罪心理学の専門家は、「現代社会において、承認欲求の欠乏が引き起こす犯罪の典型例」と分析した。人間関係の希薄化、自己肯定感の低下が、このような極端な行動へと結びついた可能性を指摘する声が多数上がった。
事件後、被害者13名のうち、最も重傷を負ったとされるコンサルタントのA氏(40歳)の容態は、依然として予断を許さない状況が続いていた。視力はほぼ失われ、顔の大部分が焼けただれていた。今後、皮膚移植手術が幾度となく行われる予定である。
《茂田の独白》
「仕事ってのはよう、だれかがだれかのためにやるから尊いんだろうな。おれみてぇな便所掃除係だって、“ありがとう”の一言がありゃ、やりがいを感じられるってもんよ。」
「ところがどっこい、おれは無視されてきた。いないものとして扱われてきた。まぁ、便所の掃除なんて“どっかのだれか”が勝手にやってくれるもんだって、みんな思ってるんだろうよ。」
「おれはもう、このまま消えていなくなるからどうでもいいんだけどよう、酸をぶっかけられたくなかったら、だれに対しても、にこやかになるべきなんじゃねえのかなって、ゲハハ」
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