第一話 旅立ち

────時は少し遡る。


 南西のとある洞窟の中。反乱軍本部の議事堂にて、全国各所から届いた報告会議が行われていた。

 僕は耳を傾けながら資料を流し見た。

 内容は『西二十一番区が落ちた』と言うものが主。

 反乱軍が立ち上げられて早十年。

 逃げ落ちた元アルメリア国軍兵士達を中心に構成された彼らの士気は高かった。

 よき統治者だった先王を慕う国民は多く、その分搾取ばかりする現王と、それに連なる貴族達への反感は強かった。反乱軍に加わる、あるいは協力する者も多数いた。


 一時は反乱軍が優勢だった。


 けど、帝国軍を構成するのは人じゃない。怪物や魔物。秘術で作られ人の形を模しただけ人形兵。そして……亡くなった人々の遺体を弄んで作った死者兵。知能が少し高い人形兵なんてのもいるけどそれは王都や国境などの要所に配置されてる。


 数でも非道さでも圧倒的不利に置かれた反乱軍の士気が下がるのはあっという間だった。


 その上、時が経つにつれ難民は増加し、食糧や諸々の物質の常に不足。休む間もなく侵攻してくる帝国との戦いで、同志は負傷、あるいは死者兵として敵に成り果てる。

 抱える問題はねずみ算式に増えてって、こんな状況に置かれて裏切り者が出るのも至極当然の事だった。最低な行為ではあるけど、仕方のない事とも思う。少なくとも僕は彼らを責められない。でも、そのおかげで支部が幾つも潰れて犠牲者も多数出た。


 裏切り者が出たことで自然と同志や協力者を募るのは難しくなった。慎重に敵味方を判別し、彼らが持つ覚悟を篩にかける必要があったから。


 時間は有限。仲間を募るよりも早く敵の増殖が早い。そして侵攻も止まらない。

 王都に作ったアジトは伝達探知結界のせいで碌に連絡を取り合えない。反乱軍は疲弊するばかりだ。

 オマケにこっちはにも人員を割かなきゃならないわけで。


 はっきり言って戦況は良くないどころの話じゃない。最悪も最悪。


 今回の案件……西が全て帝国の支配下に入った事でこのアジトもそろそろ危ない。退がる所まで退がって最後の砦、南に移すべきじゃないかなんて話まで出始めてる。探索に出ている兵を呼び戻して守りを固めるべきだ、とも。

 でも元王国軍出身者は、これ以上北の王都から離れるべきじゃないと主張してる。

 今会議してる幹部も丁度半々。安全を取る国民派と使を帯びた国軍派。真っ二つに割れてる。


 いい加減動くべき時だ。


 反乱軍幹部としても、この国のとしても。


 目を閉じて、開ける。


 そして口を開こうとした瞬間。

 議事堂の向こうで紫電が疾り、そのままバターンッと慌ただしくドアが開けられた。ちょっと焦げた女性が一人、咳き込みながらドアに身を預け、荒い息を整える。確か情報部の人だ。


 ああ、悪いけどその取っ手にあんまり体重を掛けないで欲しいな。こないだ修理したばっかりなんだ。

 あ、ほら取れた。


「どうした、一体何があった?」


 体勢を崩した彼女に情報部長が険しい表情で問いかける。


 幹部会議は機密事項のやり取りが多い。

 当然、盗聴や侵入を警戒して軽くではあるけど防御魔法をかけてる。なのにそれを突破してまで入って来たってことは緊急事態の可能性が大きい。

 他の幹部も色めき立った。


「りゅ、『竜人族』が現れました!」


 その言葉の意味を理解すると同時に幹部達の目が一斉にこちらを向く。


 言われなくても分かってるって。


「どこに現れたか分かるかい?」


 慌てふためいてる彼女を宥めるように、努めて穏やかに問う。


「お、王都から!王都から伝達魔法が届きました!王都の郊外にて!の竜人族が確認されたと!『王族』です!『彼』の可能性は、かなり高いかと……!」


「充分だ。退れ」


 情報部長の淡白な言葉に頭を下げ女性は立ち去った。


「んで?どうすんだ、ゼルはよ?」


 国民派の一人が嫌味たっぷり突っかかるように訊ねてきた。幹部になりたてホヤホヤ。まだ僕の秘密を知って間も無い彼が文句を言いたくなるのも分かるけど今はやめて欲しいな。


 ほら言わんこっちゃない。国軍派が青筋立ててる。一触即発の空気に変わったじゃないか。


「どうどう、落ち着きなって。ここで喧嘩しても何も始まらない、そうだろ?」


 こんな張り詰めた空気、たまったもんじゃない。


 軽い調子でみんなを制し振り返った。


「心配しなくてももちろん行くさ……一人で、ね」


「あ? お供も付けずに一人でだあ? しっぽ巻いて逃げ出すんじゃないのかよ。大事な大事な『王子サマ』は」


 やれやれ随分嫌われたもんだな。こうなるとは思ってたけど……彼女が来る前に言っとけばよかった。


 さてどうしたものかと考えてると突如怒声が響き渡った。


「黙れ小僧!! お前はゼルの何を見てきた!? 幼い頃から必死に戦って来たこいつの何が分かる! 戦場ではわざわざ姿を晒して皆の希望となって来た!! 幹部になったからと調子づいてこいつを侮辱するつもりか!? こんな子供にまだ責任を押し付け──


「団長」


 怒れる獅子のような彼……元王国軍団長の腕をぽんぽんと叩く。


「丁度言おうとしてたんだ。帝国軍が迫ってきてる。守りを固めてみんなには引いてもらおうって……元々王都には僕一人で向かうつもりだったからさ」


 僕の言葉にみんなが目を見開いた。


「僕の移動法じゃ誰も連れてけないだろ? 戦況は悪化する一方だし、丁度『彼』かもしれない人物が現れたんだ。引き時だよ。みんなを連れて安全圏に移動するべきだ」


「お前一人で行かせられるか! 総力を上げて王都を目指すべきだろう!! 」


 彼の心情は分かる……でも、だからこそ。反乱軍のトップとして、揺れてもらっちゃ困るってもんだ。


「ダメだよ軍団長。それに、みんなも。僕達反乱軍が何のために立ち上がったか忘れちゃいけない。助けを求めてるのはいつだって国民だ。僕もそれなりに戦えるし、だってある」


 みんなを見回す。目にかかるが揺れた。


「『彼』を探すのに割いてた人員も呼び戻して、まだ帝国の手が及んでない南と東を守るんだ。僕のために割く人員は要らないよ」


 そして最初に突っかかってきた彼に向き直る。


「逃亡が気になるなら誓約書を書いたっていいさ。

『王族』だろうがそれなりの効果は出る。約束の縛りにはなるだろ?」


 そう言うと案の定、団長が肩を掴んできた。


「ゼル! それじゃ一旦引くなんてことも出来なくなるんだぞ!! 」


「それで彼が満足するならいいじゃないか。引くつもりなんて最初からないんだから」


 僕を除くその場の全員が息を呑む。肩を掴む団長の手にも力が入った。


「死にに行くおつもりですか殿


 水を打ったように静かになった議事堂で、唸るように低い低い声が響く。


「ま、そうなるかな。一人特攻隊だ」


 敢えて軽い調子で答えると肩に痛みが疾った。


「痛いじゃないか団長」


 椅子から立ち上がり彼の手から逃れた。


「さっきの報告が入るまではそのつもりだったさ。けど、『彼』が王都にいるって言うなら話はベツ。勝目が出てきた」


 傷んだ肩を回しながら続ける。


「最初の予定では結界を強行突破して、侵食される体の時を止めながら鍵の間まで行くつもりだったんだ。

 でも『彼』が現れたなら何とか交渉して闇を払ってもらえるかもしれない」


「ですが『対価』が何か分かっているでしょう!? どっちにしても命を落とすことに変わりない!! 」


 軍団長が吠える。


 どこまでもだなあ。まあ分からないでもない。彼は十年間も側にいて見守って育ててくれた。

 実質第二の……いや、実の親より長く過ごしてきた。本当の父親みたいなものだ。少なくとも僕はそう思ってる。

 だから彼からそんな言葉が出るのも仕方ないかもしれない、けど……


「ジーク・レベゼント団長、君が情に囚われてどうするんだ。反乱軍を率いてる自覚をもっと持て。全国民の命と僕一人を天秤にかけるつもりか? 」


 ここは敢えて厳しく、叱咤する。ジーク団長は黙り込んだ。その様子を見届けて今度は朗らかに笑って見せた。


「それにまだ死ぬと決まった訳じゃないさ。『彼』の要求は『王家の血肉、血筋を引く者を一人寄越せ』って聞いてる。正確に何を指してるのかは分からない。子孫を嫁に寄越せとかかもしれないよ? 」


 まあむしゃむしゃ食われる可能性の方が高いかもしれないんだけど、それは伏せとく。


「さて、これで異論はあるかな?」


 そう言って議事堂を見回すと最初にイチャモンつけて来た彼も含め誰も言葉を発さない。


「じゃあ決まりだ」


 パンと手を打つ。


「各部長で指揮を取って、他支部へ伝達、即行動だ。僕の動向が漏れないようにだけ気をつけて欲しいな」


「アンタ死ぬのが怖くねえのかよ……アルメリア王家の最後の一人なんだろ」


 最初の彼がボソリと問いかけてきた。


 もちろん僕だって死ぬのは嫌だ。のんびりと人生を謳歌してみたかった。


 だけどそこはグッと堪えて小首を傾げる。


「そりゃ怖いよ? でもそれよりこの国……世界が大事だ。それだけ。アルメリア王家の血筋は僕で途絶えるかもしれないけど、『王族』の血は仁族の誰かには宿ってる」


 そしてにヘラと笑って見せた。


「誰か現れるはずだ。『時の王族』は滅びやしない。今まで王家から平民に出た人なんて山ほどいるんだ。もし、僕の事をちょっとでも気にかけてくれるなら、『次』に立つ誰かを支えてあげて欲しいな」


 国民派の誰もが気まずそうに視線を交わす。国軍派は今にも泣きそうだ。団長なんか既に号泣してる。

 隣に立つ彼の背中をぽんぽんと叩いた。


「今からそんなじゃダメじゃないか。せっかく引っ込んでたのに……。反乱軍を率いてるのは君だよ、団長? 」


 団長は鼻を啜りながら僕を抱きしめてきた。逞しすぎる胸筋に埋もれる。彼の腕を必死にタップした。


「ギブギブ苦しいって。出掛ける前に僕を圧死させる気かい?」


 あくまでちょっとそこまで出掛けるみたいな調子を崩さないよう軽口を叩く。でも感謝は伝えておきたくて彼や幹部達に向き直った。


「今までありがとうジーク団長、みんな。せっかく育ててもらった命だ。無駄死にだけはしないから、安心して」


 最後になるかもしれない。だから素の姿で挨拶したくて茶色いカツラを取った。

 随分と伸びた銀の髪が流れ落ちる。どうせすぐ後で使うから、とほんの少しだけを使って目薬で変えてた目の色も戻した。


 団長の潤んだ瞳に映るのは銀髪銀目の頼りなさげな僕の姿だ。成人もしてないし、こんな成りだけどちょっとは頼りにして欲しい。


「アルメリア王家の一人として、僕一個人として。ここまで一緒に戦ってくれて本当にありがとう」


 胸に手を当て腰を折り、アルメリア流の最敬礼を取る。


「それじゃ、行ってきます……さようなら」


 そう言って僕はその場を後にした。

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