第01話 朱鳥天雀

 まだ麗らかさを残した春の夕刻。いつもより早い下校を余儀なくされ、トボトボと正門までの道のりを歩いていた。


「ハル?」


 正門前で突然声を掛けられて、ぎくりとして振り返った。と同時に、額になめらかな掌が添えられていた。


「わっ、え、ちょっと……!」


 僕は慌てて身を引いた。

 目の前には、夕景を梳かしたような髪の女の子が立っていた。朱鳥あかみとり天雀ひばり。先輩にして幼馴染であり、僕の憧れの人。赤い瞳は炎のようで、見つめられた僕の温度は少し上がっていた。


「熱はないみたいだけど……あれ、でも顔が赤いわね」

天雀ひばりちゃんのせいでしょ」

「なに言ってんの? これくらいいつものことじゃない」


 彼女は笑いながら僕の頭をポンポンと触った。天雀ひばりちゃんは子どもを扱うようにしてくる。幼いころはそれが嫌だったけれど、今は嫌ではない。僕の身長は159cmと男子高生にしては低くおまけに童顔である。しかし、露骨な子供扱いは差別や虐めを疑われるため、気心知れた同級生ですらしてこない。心では「子供みたい」と思っているのに言葉にはしない。とても不自然だ。それが大人になるってことなんだろうけれど。対して天雀ひばりちゃんは今も昔も変わらず自然体で接してくれる。彼女の嘘偽りない態度が僕にとっては心地よかった。だからこれもまあいつものことだ。けれど人通りが多いところではやめてほしい。まして天雀ひばりちゃんはかわいい。やや吊り上がった大きな瞳とシャープな輪郭。陶器のようにツヤのある肌。モデルさんみたいに長い脚。そんなアイドル顔負けの女の子に頭を撫でられると言うことが、いったいどれだけの男子のヘイトを買うことになるのか。どうかわかっていただきたい。僕はもうわかっている。道行く人々の嫉妬の念が突き刺さっているのが。痛いほどに。


「こんな時間に下校してるから、てっきり体調が悪いのかと思って心配したのよ。なにかあったの?」

「バスケ部、退部させられた」


 僕の出し抜けな告白に天雀ひばりちゃんの足が止まった。自然、僕の足が二歩三歩と前に出る。

 振り返ると口を半開きにした状態で固まっていた。視線だけは僕をしっかり射抜いている。


「追放されたんだ」


 もう一言加えて放つと、彼女の半開きの口が更に開けられてついには声が放たれる。


「ええええええ!?」


 正門から校舎へ届きそうな勢いで、天雀ひばりちゃんの大きな声が放たれた。

 僕は退部までのプロセスを説明することにした。

 僕は中学の頃、不良の左堂さどう先輩に虐められていたのだが、それを裏で操っていたのが億野おくのくんだった。これは天雀ひばりちゃんもよく知っている。だが先ほど、それを覆す主張が本人からあった。なんでも、すべては左堂さどう先輩の嘘で億野おくのくんは冤罪だったと言うのだ。部長の下討したうち先輩がそれを聞いて、同情。さらに先輩は僕が億野おくのくんを貶めるために左堂さどうの嘘を広めたんじゃないかと憶測を立て、そんな奴はこの部に置いておくことはできないと言い出した。

 僕が嘘を吐いてないと主張しても、先輩は納得してくれなかった。今となっては確かめようのないことだから弁解のしようがない。そこで億野おくのくんが、当時嘘を吐いていたかどうかではなく、今嘘吐きではない証明ができたら良いことにしようと先輩に提案。僕が「惜しまず努力してきた」と言っていたこともあり、フリースローを入れられるかどうかで判断することとなった。決まれば僕の言葉に偽りなしと言うことで、もうこれ以上言及するのはよそうと言ってくれた。しかしフリースローは失敗。部員全員の前で「努力もしてないのに努力したと抜かす嘘吐き」というレッテルを張られたうえに退部させられたのだ。

 天雀ひばりちゃんは話を最後まで遮らず聞いてくれた。そして、


「嵌められたんじゃない?」


 と、あっけらかんと言った。


「いや、でも、億野おくのくんはチャンスをくれたんだよ?」

「はあ……あなたねえ、左堂さどうに殺されかけたの忘れたの? 当時警察まで動いていろいろ調べ上げてくれたんでしょう? そりゃ冤罪って可能性もあるけど、それ疑い出したらキリないわよ。高校からのオファーが取り消されたのがなによりの証拠でしょう?」


 僕は言葉を失う。


「努力でフリースローが入るってのもねえ。NBAの平均成功率は知ってる?」

「90%以上とか?」

「そんなの成功率歴代1位のステフィン・カリーくらいよ。平均は70%くらい」


 あ、そんなもんなんだ。


「それをプロですらない高校生ごときが努力をすれば決められる? 外したのが努力してない証拠? 笑わせるわね。億野おくのだってそれくらいのことはわかっているはずよ」


 天雀ひばりちゃんは僕の肩に手を置いた。視線を向けると瞳の中には炎が凛と立っていた。


「あなたは努力をしている。わたしはそれを見て来た。努力の証拠、見せてやりましょうよ」


 炎の温度がますます上がり、僕はつい視線を逸らしてしまう。


「証拠を見せようにも、僕はもうバスケ部じゃないよ」

「だから、わたしとチームを組むの」

天雀ひばりちゃんと?」


 それは嬉しいことだが、どうやって?


「二人だけど」

3X3スリーエックススリーって知ってる?」

「三人制バスケのことだよね?」

「うん。それをやりましょう」

「……あの、二人だけど?」


 五人制が三人制になろうとも、僕らが二人であることに変わりはない。


「だーいじょうぶっ! 個人的に目を付けてる子がいるから。だからまずは武月むつき玄輝はるき。あなたがチームに入るのよ。ねえ、一緒に、バスケしましょうよ」


 断る理由はない。これが天雀ひばりちゃんの新しい夢なら、さっき守れなかった約束を守り直すチャンスだ。


「じゃっ、まずは整体行こっか」


 いやまだOK出してないんだけど。雰囲気で察したの? バスケプレイヤーだから? 幼馴染だから? って言うか、え、なに? 今、整体って言った?

 混乱する僕を尻目に、彼女は手を掴んで走り出した。

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