第3話 してないよ

 いつもこうだ。


 新しい街につくたびに問題を起こして、すぐにコミュニティを破壊してしまう。俺が来なければ、こんな争いはうまれなかっただろうに。


「……なに?」母親は血走った目でを俺を睨みつけて、「大人の言うことが的外れ? それは私の言うことが的外れだって言ってるの?」


 そんな事は言っていない。いや、半分くらいは言っているけれど。


「冷静じゃなくなると、言葉を切り取って解釈することがあります」

「はぁ?」

「『大人の言うことだって的外れなこともありますよ。もちろん子供の言うことが的外れなことも多々ありますが』」俺はさっきの言葉を復唱してから、「大人も子供も間違えます。人間は間違える生き物です。だから……言葉を発するたびに、受け取るたびに判断していかないといけない。自分で考えて、その言葉が正しいのか判断しないといけない」


 他の人に任せてはいけないのだ。


「……?」


 突然喋り始めた俺に、母親は奇異な目線を向ける。


 しかし慣れっこの俺は気にせずに、


「先ほどアナタは『大人の言うことだって的外れなこともある』という場所にだけ反応しました。その場所だけ切り取って解釈しました。『私の言うことが的外れだと言っているのか』と言いました」

「……何が言いたいの?」

「自覚があるんじゃないですか? 、って思ってるんじゃないですか? もっと子供の言葉を聞いてあげればよかった。そう思っているんじゃないですか?」


 間違えたかもしれない。でもそれは認めたくない。

 そうなれば冷静な思考力は失われる。自分を正当化するために嘘をつき続けることになる。


 俺は続ける。


「でも熱くなってしまう気持ちもわかります。愛する子供が不審者と話していたら、誰だって冷静じゃなくなります。相手を傷つけてでも、自分が間違えてでも守りたい。そう考えるだろうと思います」


 俺には子供はいないが、愛する人はいた。守りたいと、思っていた。


「……なにが言いたいのよ……」

「今回のことだけじゃなくて、しっかりと息子さんと話し合ったらいいと思います。俺が不審者なのは大正解ですが、もしかしたら息子さんは――」


 もっと他に言いたいことがあるかもしれない。そう言いかけた瞬間だった、


「うるさい!」金切り声とともに、俺の右頬に強い衝撃が走った。「アナタに何がわかるのよ! 不審者のクセに……! 偉そうなこと言わないで!」


 ……こんなに強く殴られるのは久しぶりだ。大抵は平手打ちなのだが、今回は拳だった。


「……申し訳ありません。出過ぎた発言でした」

 

 俺の謝罪も母親には届いていないようで、


「どうせアナタがうちの子をイジメてたんでしょ! 警察に突き出してやるから!」

「それは困りますし、イジメてもいませんよ」

「警察は困る? やましいところがあるってことでしょ!」別にやましいところはないが、耳が痛い論法だ。「アナタみたいな不審者は、さっさと捕まればいいのよ! 今すぐ警察を呼んでくるから、待ってなさい!」


 さて困った。俺が他人を怒らせるのはいつものことだが、ここまで激昂されるのは久しぶりだ。こうなれば会話が通じないのは経験済み。


 ……どうしたものか……大人しく警察に行くか? しかし冤罪で捕まったことがあるから、あまり乗り気ではない。話せばわかってくれる、なんてのは幻想なのだ。


 俺が悩んでいると、


「今回、その人は悪いことしてないよ。警察を呼んだところで、捕まえることなんてできない」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る