第4話 シャルム
快活そうな少女……に一見は見えた。だけれどその笑顔の奥には憂いが見え隠れする。そんな表情に見えた。
それから……修羅場をくぐっていそうな匂いがした。俺だって村を渡り歩く過程で修羅場は経験してきたが、彼女には及ばないかもしれない。
……
頬や首元に傷跡が見えた。打撃痕や切り傷……それらがいくつか体に存在していた。
そして腰には刀があった。武器を持ち歩いているところを見ると、剣士なのだろうか?
年齢としては18くらい? 場合によっては20くらいにはなっているかもしれない。赤みがかった短髪の、元気そうな少女だった。。
そんな彼女を見て、母親が言った。
「シャルム……」
シャルム、というのが剣士の彼女の名前らしい。
シャルムは人懐っこい声で、
「そっちの男の人は、むしろ息子さんを助けてたと思うよ。必要なのは罵倒じゃなくて、お礼じゃないかな」
母親は不機嫌そうな顔で、
「なによ? あなた、なにかを見てたの?」
「詳しくは見てない。見回りをしてたら、木登りをしている人を見かけたってだけさ」
俺の木登りの場面から見ていたようだ。それで近づいてきたら、こんな騒ぎになっていたらしい。
シャルムは続ける。
「あくまで推測だけど、そっちの人は木に引っかかったボールを取ってくれたんじゃない?」
「……ただの推測でしょ?」
「そうだねぇ。だけど……アナタの言う『そちらの男性が不審者』というのも推測でしょ?」
推測と推測のぶつかり合い。ただの直感に近い、理論なんて存在しない領域。だからこそ感情が支配する。
とりあえず……怒りという感情は、あまり長続きしない。
母親側もヒートアップしていたのが冷めてきたようで、
「……まぁいいわ。こんな不審者と会話してる暇は、私にはないから」
じゃあ最初から絡んでこないでくれよ。
シャルムが言う。
「だったら最初から絡まないほうがいいよ。そっちの男の人が優しい人だったから良かったけど、本当に不審者だったら……命の保証はできないからね」
俺が本物の不審者だったら。たしかに怒鳴りかかってきた母親を殺す可能性もあったかもしれない。
「そんな不審者から村人を守るのが、アナタの仕事でしょ?」
「それはそうだけど……警戒はしておいてって話。そりゃ村を守るために全力は尽くすけど……」
村を守るのが仕事。
ってことは、シャルムはガーディアンであるようだ。若くして、なんとも大変な役職を任されているものである。
そんなシャルムに、母親が言う。
「ふん……なによ。そもそもこの村の人達がイライラしてるのも、ガーディアンのアナタが弱いからでしょ? アナタがもっと強くて村を守ってくれてたら、みんな笑顔になるのよ」
その言葉を聞いて、一瞬だけシャルムの表情が凍りついた。心の奥底にある、触れてほしくないところに触れられた。そんな表情だった。
だがその変化は一瞬で、
「あはは……」シャルムは苦笑いを作って、「それはそうかもね……」
ゴメン、とシャルムは小さく言った。それは心の底からの、後悔の念にまみれた謝罪に聞こえた。
……
見ていられない。若者がこんな苦しそうな表情をしているのなんて見たくない。若い人間は希望だけを見ていればいいのだ。
俺は言う。
「ガーディアンは……その命をかけて人々を守っています。それをしてくれるのは当たり前じゃない。感謝こそすれど、そんな言葉を投げかけるのは卑怯ですよ」
「……卑怯? 私が卑怯だって言うの?」
「はい」今回は明確に、眼の前の母親が卑怯だ。「文句があるなら、アナタが戦えばいい。アナタが村人を、そして息子さんを守ればいいんです」
なぜシャルムにだけ文句を言うのか。自分では行動もしないクセに。そこに腹がたった。
だが……その言葉も結局は母親を怒らせてしまったようだ。
「なによアンタ……! こっちには家族がいるのよ! 大切な人がいるの! 私が戦って死んだら、家族はどうなるのよ! だから戦えないの!」
「大切な人がいるから戦えない?」あまりにも都合がいい言葉だ。「シャルムさんに大切な人がいたら、どうするんですか?」
「いないわよ! シャルムは小さい頃に家族を殺されてるから!」
……
「大切な人って増えるんですよ。家族だけじゃないですし……これから家族になるかもしれない人もいる」
「はぁ……?」
「アナタの旦那さんだって、最初は家族じゃなかったでしょう」ただの他人が仲良くなって、家族になった。「恋をして、思い出を残して……いろんな経験をして家族になったハズです」
「……だからなに?」
そう聞き返されると困るが……
「シャルムさんにだって恋をする権利はあるんですよ。恋だけじゃなくて……趣味とか、遊びとか……いろんなことに触れる権利があるんです」
「……」
「アナタの言葉は、シャルムさんの権利を奪う言葉です。【ガーディアンだから戦うのは当然。他の人は自由に生きるけど、ガーディアンだけは不自由に生きて、命をかけて戦いなさい】……そう言っているんです」
自分の権利は主張するのに、相手の権利は奪う。そう言っているのだ。
「ガーディアンは戦うのが仕事でしょう? 義務でしょう?」
「違いますよ。戦ってくれているんです。辞めようと思えば、いつでもできる」
見回りに行くと言って帰ってこなければいい。夜中に逃げ出せばいい。ガーディアンが逃げるなんてのはありきたりなことで、俺は何度も見てきた。
俺は続ける。
「でも、戦えない人がいるというのも事実かもしれない。体格とか魔力量とか、生まれ持ったものが違いますから」努力では埋められない壁、というのも実在するのだろう。「ですけど、せめて感謝だけは忘れないでほしいんです。ガーディアンが……戦ってくれる人がいるから、村は守られているんです。それを当たり前だと思わずに、ちゃんとガーディアンの権利と――」
言葉の途中だった。
また頬に強い衝撃が走った。さっき殴られた頬とは逆の頬が殴られた。
「不審者が偉そうに……!」母親は嫌悪の目を俺に向けて、「なにをペラペラ喋ってるのよ! 意味わかんない……! アンタみたいなのがいるから――」
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