第14話 影灯(かげあかし)の誕生
達成の光が消え、蓮は再び病室のベッドの上に転移していた。
その直後、頭の中にけたたましいほどの通知音が鳴り響く。
【デイリーミッション達成】
【ウィークリーミッション達成】
【レベルアップ】
幾重にも重なるウィンドウが視界を埋め尽くし、思わず顔をしかめる。
そして浮かび上がったステータス画面に、目を疑う文字列が刻まれていた。
【現在レベル:8】
「……もう、ここまで来たのか」
ほんの数日前まで、ただの一般人として生きていた自分が――今やレベル8。
しかもデイリーやウィークリーミッションを欠かさずこなすことで、確実に力を積み上げている。
冷たい現実の中で唯一の救いが、この着実な成長だった。
だがその中でも、今宵の報酬は異彩を放っていた。
【報酬:《影灯》を獲得しました】
「……武器?」
ストレージから現れたのは、漆黒の刀身を持つ短剣だった。
刃文はかすかに紫色の光を帯び、手にした瞬間、ひやりとした冷気と同時に、まるで影が寄り添うかのような感覚が腕を走る。
【装備情報】
種別:短剣
レア度:ユニーク
名称:《影灯》
特性:影に紛れ、斬撃時に気配を限りなく希薄化する。
追加効果:連撃を行うと刀身が幽かに光を帯び、残像の刃が敵の認識を惑わす。
進化条件:???
「進化条件……?」
蓮は思わず声に出していた。
武器に「進化」という概念が存在するのか。
それは、ただの装備品ではなく――生きているかのような気配を放っていた。
「……ユニーク武器。しかも進化する……?」
想像もつかない力の広がりに、胸がざわつく。
九条との決戦が避けられぬ未来を思えば、これはあまりに大きな意味を持つ報酬だった。
――その頃。
テレビニュースでは、緊迫した声が日本中に響いていた。
《大田区にてBランクゲートが発生。協会は至急、攻略チームを編成中です》
アナウンサーの声と共に映し出されたのは、黒い渦を巻く巨大なゲート。
周囲は警察と協会員で封鎖され、野次馬たちのざわめきが響いていた。
「……またBランクか。最近増えてないか?」
「おい見ろよ、協会の車両だ!」
「誰が出るんだ……S級が来るのか?」
ざわめきが一層大きくなる。
その中で、一際視線を集める人物がゆっくりと現れた。
白銀の髪を揺らし、透き通るような肌を持つ女性。
スレンダーな肢体に黒を基調とした戦闘装束を纏い、その存在感だけで空気が張り詰める。
「ひ、氷室アリスだ……!」
「テレビでしか見たことなかったけど、本物は……やばいな」
「S級覚醒者……《血塗れの戦姫》……!」
観衆の声は、驚嘆と畏怖に満ちていた。
だが、彼女自身は騒めきを一切意に介さず、ただ静かにゲートを見据えている。
その姿は、戦場の中心に立つ女王のようだった。
双剣が奏でる音と、飛び散る血の描写が視界を埋める映像――それを見た観衆は、戦慄と称賛を同時に覚えていた。
映像は路地から路地へと切り替わる。双剣が振られるたびに、魔獣の肉が裂け、四肢が飛ぶ。だが不思議とその所作は無駄がない。
斬撃の合間を縫って彼女は静かに移動し、まるで合理的な芸術のように敵を削いでいく。
『ひ、一人で……本当に一人で全部……!』
『助かった……! 俺たちの街が……!』
避難所の住民の声が、叫びにも涙声にも似た感情を乗せて流れる。
子どもが手を振り、大人は顔を覆って嗚咽する。誰もが救われた実感を胸にしていた。
戦闘が終わり、彼女は双剣の先をそっと地面へと下ろす。
血にまみれた刃の端は、まだ微かに滴を落としている。カメラはその光景を淡々と追う。
彼女の横顔が映る。冷徹で、しかし確かな決意が刻まれた顔だった。
誰もが目を逸らせないほどの凄味を、その顔は放っていた。
⸻
「……すげぇ」
病室のベッドに腰掛けながら、蓮は息を漏らす。
同じ「覚醒者」のはずなのに、あまりにも隔絶した存在。
しかし、胸の奥がざわついているのは、恐怖や羨望だけではなかった。
――なぜだろう。
どこかで、あの背中と必ず交わる。そんな確信めいた直感が、心に残っていた。
その夜。
ギルド協会本部の執務室では、別の会話が交わされていた。
「……九条の件、やはり放置はできません」
「ええ。あの男は表では監査員、裏では——」
重苦しい声が交錯する。
机の上には、九条に関する報告書が積まれていた。
複数の覚醒者失踪事件。その裏に必ず九条の影がある。
会長は黙って窓の外を見やった。
遠い空に浮かぶ月。その光を見つめながら、小さく呟く。
「……神谷蓮。君が試される時が、近い」
誰に聞かせるでもない、独り言のように。
⸻
――新たなユニーク
進化の条件は示されないまま、ただ疑問符だけが蓮の胸に残された。
だが武器の冷たさと、観たことのない戦姫の背中は、確実に彼のこれからを変えていくだろう。
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