第3話 システム起動
「……君にとっては、残念な結果になってしまったな。魔力量に変化は見られない」
協会員の男が書類に視線を落としながら、静かに言葉を落とした。
「もっとも、人間の魔力量が増えるなんてこと自体が稀だ。ほとんどの者は、生涯を通じて変化しないのが当たり前なんだ」
淡々とした口調。慰めるでもなく、責めるでもない。
ただ、それが「現実」だと突きつける冷たさだけが、病室に漂った。
蓮は小さく息をのみ、目を伏せる。
二重ダンジョンから生還した者の多くは「変化」を得る。
魔力量の増加や、新たな能力の兆候。だからこそ、彼は協会員たちに囲まれて測定を受けていたのだ。
だが、結果は――何もなし。
「……わかりました」
それ以上、余計なことは言わなかった。
Fランクの自分が特別な存在でないことなど、痛いほど理解している。
むしろ、自分のような者が生還できたこと自体が奇跡なのだ。
協会員が病室を後にすると、静けさが戻ってきた。
蓮は、乱れたシーツの上で天井を見上げる。
――あの瞬間。
全身を貫く痛みと、迫り来る死の恐怖。
巨大な影が覆いかぶさり、骨も肉も砕かれる感覚。
それが次の瞬間、まるで巻き戻されたかのように――傷は消え、息は戻り、立ち上がれていた。
「……何だったんだ、あれは」
思わず漏れた独白に、答える声はない。
だが――。
視界に、再び「それ」は浮かび上がった。
薄い光を帯びた、半透明の文字列。
⸻
【システム起動】
―ステータス―
Lv:1
STR:6
VIT:6
DEX:6
AGI:6
INT:6
WIS:6
MP:11
経験値ポイント:3
⸻
「……ステータス?」
現実離れした光景に、思わず声を出す。
だが画面は揺らぐこともなく、そこに在り続けた。
試しに、投影された文字列に指先を伸ばしてみる。
……反応はない。
「……ステータス」
声に出して呼んでみても、変化はなかった。
――なら。
心の中で呟いてみる。
ステータス。
そう思った瞬間、視界が揺れ、光の文字が別の形式へと変化した。
⸻
【ステータス詳細】
Lv:1
STR:6
VIT:6
DEX:6
AGI:6
INT:6
WIS:6
MP:11
経験値ポイント:3
割り振り可能
⸻
「……動いた……!」
蓮の心臓が高鳴る。
まるで本当にゲームの中にいるような錯覚。
そして、そこには確かに――「経験値ポイント」が存在していた。
(……これを振り分けろってことか?)
逡巡の末、彼は試しに「STR」に意識を向けてみた。
次の瞬間、数値が変化する。
STR:7
全身に微かな熱が巡った。
力が漲る――そう錯覚するような、不思議な感覚。
「……本当に、上がったのか」
息を呑みながらも、同時に冷静さを取り戻す。
これは単なる幻覚か、夢かもしれない。
けれど。
――生き延びた事実。
消えたはずの傷跡。
それらすべてを思えば、無視することなどできなかった。
⸻
さらに視線を移すと、画面の端に小さなタブがあるのに気づいた。
「……管理画面?」
意識を向けると、新たなウィンドウが展開される。
⸻
【管理画面】
―デイリーミッション―
・基礎鍛錬(未達成)
・討伐(未達成)
―ウィークリーミッション―
・進捗:0%
⸻
「……ミッション?」
現実離れした文字列を前に、蓮は息を詰めた。
その中でも「討伐」の二文字が、重く胸にのしかかる。
「……Fランクの僕に、討伐なんて……無理だろ」
震える声が病室に落ちた。
討伐。すなわち――モンスターを殺せということ。
昨日、二重ダンジョンで目にしたあの光景が、脳裏に鮮烈に蘇る。
仲間が潰され、喰われ、血に染まっていった。
必死に逃げても、絶望は追ってきた。
思い出しただけで、胃が冷たく捻じ切れるような吐き気が込み上げる。
(……あんなの、二度と……!)
額から汗が滲み、手が震えた。
システムが示す「日課」は、彼にとって拷問に等しい。
⸻
そして――唐突に、ウィンドウの色が赤に変わる。
⸻
【警告】
デイリーミッション未達成。
ペナルティ発動――【エクストラダンジョン】へ強制転移。
⸻
「っ……!」
強烈な光が病室を満たした。
蓮が思わず腕で目を覆った刹那、視界は白で塗り潰され、身体がどこかへと引きずり込まれていく感覚に襲われた。
⸻
一方その頃。
巡回に来た看護師が、カルテを手に病室のカーテンを開ける。
「神谷さん、体調はいかがですか……?」
柔らかく声をかけるが、返事はない。
訝しんでベッドを見る。
「……あれ?」
そこにあるはずの姿はなく、シーツだけが乱れて温もりを残していた。
「神谷さん……?」
戸惑いの声だけが、病室に虚しく響く。
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