14.初めての狩猟

「狩りって、イノシシとかを狙う狩猟ってことだよな?」


 機嫌良く頷くミアに対し、オレはといえばまったく乗り気ではないわけで……。


 野生動物を相手にするなんて、命がいくつあっても足りやしない。現代社会に生きてきた、ごくごく普通の社会人を舐めるんじゃないぞと言ってやりたいわけだ。あっさり死ぬ自信しかない。


「心配ご無用! なにもイノシシや熊を相手に戦えって言っているわけじゃないのよ」

「当たり前だ」

「『祝福商店』で狩猟に使う罠探していたでしょう? 初心者でも使いやすそうなものがあったから、それを使おうと思って」


 あー……。前々から話していた罠猟ってやつか。でもさ、一概に罠っていってもいろいろあるじゃん? 小動物用のやつとか、それこそ熊みたいな大型動物を捕獲するような罠とか。


「初心者用って言っているでしょう? 今回はつり上げ式罠でウサギを狙った狩猟をやるわよ」


 つり上げ式罠というのは、対象となる動物が輪っか状を踏んだ瞬間、輪っかの部分が足を締め上げ、さらには空中につり上げて、逃げられなくなったところを捕獲するというものである。


 話だけ聞くと、なんだか簡単そうだなあとか思っちゃうけど。オレには根本的な疑問がありましてね。


「捕獲罠でウサギを捕まえるってことなんだよな?」

「そうよ?」

「捕獲した後はどうするんだ?」

「解体するに決まっているじゃない。そこまで含めて狩猟配信なんだから」


 いやいやいやいや、ミアさんや。言ってるでしょう? こっちは現代社会に生きてきた会社員なんですって。精肉はスーパーやお肉屋さんでしか買う機会なかったの! 一匹まるごと捌くなんてできやしないって!


「あのねえ、何のために『ヴァルハラ』があると思っているのよ? 他の配信者がウサギの捌き方とかアップしているから、それで学んだらいいじゃない」

「学んだらいいじゃない……って、お前、簡単に言うなよな」


 それにだな。


「それに、罠猟とはいえ、結構グロい配信になるぞ? 動物を狩るんだからさ。そんな配信を望んでいるのかな?」

「なんでも一定の需要はあるものよ。スローライフを送るにせよ、こういったことはやらないと生きていけないわけだし」


 確かになあ……。『祝福商店』で肉を購入し続けるのも、結構なポイントがかかるし、タンパク質を確保するためにも学んでおいたほうがいいか。


 ……いや! あぶないあぶない! うっかり話に乗るところだった! そうはいかないぞ! オレはまったりとした生活を送るんだ! 陶芸で器を作り、己と向き合う、そんな静かで豊かな日々を……。


「陶芸部屋、サスケがめちゃくちゃにしたままよ」

「う……」

「片付けが終わっているなら、陶芸配信でもよかったけど、あんなにごちゃごちゃしている状態だったら、元に戻すのしばらくはかかるでしょう?」

「うう……」

「ほらほら、さっさと覚悟を決めて、ウサギの解体のやり方を学びなさいな」


 そう言って、ミアは三次元ディスプレイに『ヴァルハラ』の画面を映し出す。くそう……。こうなったらやるしかないのか……。自信なんかまったくないんだけどな……。


 とはいえ。


 もしかすると、ウサギ肉ってサスケの食事にもってこいなんじゃないか? そう考えれば、狩猟も前向きになるっていうか。


 うん、単なる猫バカだと思えばいいさ! やる気はこうやって起こすものなんだからな!


 そんなわけで、『一からわかるウサギの解体方法』という、狩猟ストリーマーの動画でシミュレーションを重ね、オレは罠狩猟へ出かけることになった。


***


「ええ、と……。ど、どうもユウイチです。今日はウサギの狩猟をやりたいと……思っています」


 自宅から遠く離れた森の中、ミアからカメラ代わりの球体を向けられ配信を開始したものの、オレはといえばまったく落ち着かず、あたりをキョロキョロ見渡すのだった。


「ちょっと、ユウイチ。挨拶ぐらい落ち着いてやりなさいよ」


 いや、お前、無茶言うなって。この前、雷神獣と出くわして死にそうになった場所なんだぞ? 落ち着けっていうほうが無理だって!


「大丈夫よ、今日は動物の気配もあるし。この前みたいなことは起きないわ」


 ……本当かなあ? でもまあ、確かに鳥の鳴き声とかは聞こえるし、それを考えれば可能性は低いんだろうけど。


 あ、ちなみに現時点でのコメント数はゼロです。視聴数も一桁。ミアが気合いを入れて作ったサムネイルがよくなかったらしい。


『ユウイチ、初めての狩猟! 血で血を洗う戦い! ウサギに挑む!』


 文脈がおかしいんだよな、どうしてウサギを相手に血で血を洗う戦いを挑まなきゃならないんだ?


 いや、待てよ? 異世界特有のとんでもウサギとか出てきたらどうしよう? 尋常じゃないキック力を持った殺人ウサギとか、たまったもんじゃないんだけど。


「いるわけないじゃない、殺人ウサギなんて」

「本当かなあ……」

「本当よ、本当。いいから、さっさと罠を仕掛けにいくわよ」


 配信中にもかかわらず、へいへいとストリーマーにあるまじき返事をしながら、ミアの先導のもと、森の中を進むのだった。


***


「ここら辺がいいんじゃないかしら」


 ミアが示したのは獣道のひとつで、なるほどいかにも小動物が通りそうな場所だなとオレは頷いた。


 早速、『祝福商店』で購入した、つり上げ式罠『つれーる君二号』を設置することに。商品のネーミング、なんとかならなかったのかなあ……?


 とはいえ、この『つれーる君二号』、なかなかの優れものらしい。まず、野生動物に感づかれないよう、人間の匂いがつかない。


 その上、つり上げることができる重さも百キロまではいける。百キロのウサギがいるかは定かでないけれど、それほど頑丈だということをアピールしたいんだろうな、きっと。


 とにもかくにも、輪っか状の罠を地面に設置。それをつり上げる竿は最寄りの木に固定する。これで準備はオーケーなんだけど。


「ウサギが罠にかかるまで、どうするんだ? まさかここで待つわけじゃないよな?」

「当然。人がいたら怪しまれるだけだからね。観察用の定点カメラを置いておくから、しばらくは他のことをやりましょう」


 そう言って、茂みに球体を仕掛けるミア。他のことをするっていっても、また森へ戻ってくるのは時間がかかるし。


「それなら釣りがいいんじゃない? 湖なら近いでしょ?」


 それもそうかと、相変わらず一桁のまま動かない視聴数を眺めながら、オレたちは湖に向かって歩き出した。


***


「……釣れないな」


 湖面に釣り糸を垂らして二時間。あたりの気配はまったくない。


『なんだ、今日はチル配信か?』


 ようやく流れてきたコメントに、オレは応じ返す。


「いや、今日は釣りでチル配信じゃないんですよ。罠狩猟をやってましてね。ウサギがかかるまで、時間を潰しているってそういうわけなんです」


『罠猟?』

『ネコチャンにウサギ肉はいいぞ。栄養豊富だし』

『っていうか、ウサギさばけんの?』


 コメントのひとつは明らかに見知った神様なんだけど、とりあえずスルーしておく。ウサギがさばけるかどうかはやってみないとわからない。


 動画はね、ちゃんと見たんだけどさ。内臓の処理がちょっと……、というより、なかなかに厳しい。


 脳内でいくらシミュレーションを重ねたところで、実践にはかなわないわけで……。はてさてどうなるかなあとか思いつつ、さらに何も起きることなく三時間が経過。


 すごいね。湖を映しているだけでもリスナーさんは見ているもんだねと、二桁になった視聴数にちょっとした感動を覚えていると、突然、ミアが驚愕したような声を発した。


「ユウイチ! 罠! 罠かかったわよ!」

「……はっ? マジで???」


 罠を仕掛けたところで空振りに終わるだろうなあとか、半信半疑だっただけに、正直びっくりしている。


 同時に、「あー、これでウサギをさばかなきゃいけなくなったな」とか、ちょっとした覚悟を決める。やっぱりね、生き物の命を奪うわけですから、ちょっとナーバスになるのは仕方ないんですわ。


「で? かかったウサギはどのぐらいの大きさなんだ?」


 問いかけるオレに、ミアは言葉を濁す。


「なんていうか……。その……」

「……?」

「そうねえ、実際に見たほうが話は早いでしょ。罠の場所に向かいましょう」


 敏腕妖精プロデューサーの微妙な表情が気になったものの、オレは『つれーる君二号』の場所へ戻り、そして、ミアが言葉を濁した理由を理解した。


「……ウサギ……?」


 指さした先には、空中につられた雄鹿がいて、オレは確認するようにツインテールの妖精に振り返った。


「ウサギを狙っていたはずなんだけど……。鹿ね、これは、どこからどう見ても」


 ……えぇ……? 大物過ぎやしませんか? こっちはウサギのつもりで罠仕掛けていたんですけど。


「でもまあ、ほら、罠猟が成功したことには変わりないから」


 いやいや、いやいや、あなた! 何を仰る! ウサギと鹿じゃ、違いすぎて戸惑う以外に何もできやしないって!


『お、立派な鹿じゃん。ラッキーだな』

『鹿肉もネコチャンにぴったりの食事だぞ』

『解体しがいがあるな』


 リスナーの皆さんも、他人ごとだと思って……! あ、高評価ありがとうございます。……くそう、突発的なイベントだけに結構な高評価をもらえるのが悔しいっ!


「そんなわけだから、ユウイチ。とどめをさしましょう」


 ミアはさらりと言ってのける。……マジですか。


「罠猟をやるからには、命をいただく覚悟はしていたはずよ。それはウサギだって鹿だって変わりないんだから」


 わかってるよ、わかってるけどさ……。カメラを向けられている中で、これはなかなか……。


『ケガしてるんだし、逃がしても生きていけないぞ』

『狩猟なんだから、最後まで命と向き合え』


 そんなコメントが目に入る。リスナーもわかった上で見ているってことなのか?


 ――オレは持ってきた棍棒を握りしめると、空中につられた雄鹿の頭部を抑え、そして首元めがけて力一杯に振り下ろした。


***


「なんだかんだあったけど、罠猟成功してよかったじゃない」


 言い返す気力もなく、オレはぜえぜえと呼吸を荒くしながら自宅近くまで戻ってきた。背中に雄鹿を抱えてきたのだ。余裕なんてあるわけもない。


 ちなみに配信は、雄鹿の命を奪ったところで終了した。オレの顔色がよくなかったとミアが気を利かせてくれたみたいだ。命を奪うという点では魚と変わらないはずなんだけど……。慣れないことはするもんじゃないな。


 とはいえ、今後もこうやっていかないと、肉を食べられないわけで。


 ジレンマを抱えつつ、自宅の前に雄鹿を下ろしたオレは、ここでようやく我に返った。


「……鹿ってどうやって解体すればいいんだ?」


 そうなのだ。ウサギは動画で学んでいたけど、まさか鹿が獲れるとは思ってもいなかったので、解体の仕方がわからないのである。


 ええ? いまから『ヴァルハラ』で動画を探して、見ながら解体するしかないのか……?


 そんなことを思っていると、「こんにちは」という爽やかな声とともに、近所に住むヨミが顔をのぞかせた。


「ユウイチさん、よかったら今日もサスケくんと遊ばせて欲しい……って、あら? 立派な鹿。ユウイチさんが獲ったんですか?」

「ええ、そうなんですけど……。どうやって解体したらいいか、頭を悩ませているところでして」

「私、解体できますよ? よかったらやりましょうか?」


 柔和な笑顔とともに呟くヨミ。オレはまじまじと、その笑顔を見つめながら問い返した。


「……マジですか?」

「ええ。ここだと内臓とかを狙いに肉食動物が来る恐れがありますから、場所を変えましょうか」


 そう言って、ヨミはひょいと鹿を背負うと、颯爽とした足取りで家から離れた場所まで歩いて行く。


 その後、手慣れた様子で皮を剥ぎ、内臓を処理し、そして肉を切り分けるヨミの姿に、異世界で生きていくためにはたくましさも必要になるんだなと、オレはまざまざと思い知らされることになったのである。


 スローライフの道のりは険しい……。

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