13.ご近所暮らし

 戸惑うオレとミアをよそに、ヨミは柔和な笑みをたたえながら、こちらの反応を伺っている。


 栗色の長い髪は胸の前で束ねられていて、穏やかな面持ちとともに、お淑やかな印象を受ける。『ワルキューレ』では“お姉さん”ポジションだったことも影響しているのかもしれない。


 服装は白のブラウスに紺色のジーンズというラフな装いで、動きやすさを重視した感じだ。考えてみれば荷馬車で移動してきたんだもんな。動きやすいほうがいいに決まっている。


「あの……」


 美しい声に意識が引き戻される。こちらが何も言わず、ただただ呆然としていたのがいけないんだけど、ヨミはそれをとがめるでもなく、確かめるように口を開いた。


「それでどうでしょう? ご迷惑でなければ、お近くに住まわせていただけないかと……」

「いえ、あの、もちろんそれはかまわないんですが……」


 しどろもどろになりつつも、オレは言葉を選ぶようにして応じる。


「本当にいいんですか? ここ、何にもないですよ? ヨミさんの期待に応えられる環境ではないかと……」

「そんなことはありません。水晶鹿や綿雲猫がやってくる素敵な土地ではないですか」

「いや、あれも一回だけといいますか」

「それに、この広大な土地」


 草原の広さを実感するように、ミアは両手を広げてみせる。


「この何もない環境こそ、私が住みたかった場所なんです。いろいろ模索しながら、スローライフを送ってみたいってずっと考えていて」

「……そうなんですか?」


 正直、意外である。『ワルキューレ』での活動がアクティブなものだっただけに、こういった僻地を嫌うのかなとか思っていたんだけど。


 何もないところからスローライフを送りたいという願望があったとはなあ。


「ユウイチ、ユウイチってば」


 耳元でささやくミアが、こっちにこいとヨミから距離を取る。なんだよ、おい。また面倒なこと言い出すんじゃないだろうなあ。


 すいません、少し待っててもらえますかと頭を下げて、オレはツインテールの妖精が待つ場所に向かったのだが。


 待ち構えていたミアは瞳を輝かせると、声を弾ませるのだった。


「これはまたとないチャンスよ、ユウイチ」

「なにがだよ?」

「なにって、あなた鈍感ねえ。あの『ワルキューレ』のヨミが引っ越してくるのよ? それもすぐ近くに!」


 まあ、そういうことになるわけだけど。それのなにがチャンスなのだろうか?


「わかってないわねえ。コラボ! コラボすればいいのよ!」


 つまり、実績とネームバリューを兼ね備えたヨミと一緒に配信を行うことで、閲覧数とチャンネル登録数を増やそうと、そういうことを考えたらしい。なるほどなるほど。


「却下だな」


 即座に提案を断るオレに、ミアは理解できないとばかりに眉をしかめる。


「あのなあ……。オレみたいな弱小ストリーマーがヨミさんとコラボできるはずないだろう?」

「わからないわよ。ご近所付き合いでやってくれるかもしれないじゃない」

「ダメダメ。第一、ヨミさんの生活を邪魔するような真似はしたくないからな」


 わざわざ何もない僻地に引っ越しをしてくるということは、ヨミさん自身、静かな生活を送りたいのではないのかなと考えたのである。


 であれば、邪魔にならないようにするのが最適解だろうし、オレが彼女の配信に映らないよう注意を払う必要もあるわけだ。


「とにかく」


 諦めきれないというミアに、オレは諭すように語をついだ。


「ミアの気持ちはわからなくはないけど、その手の提案は今後一切口にしないこと」

「えー……」

「取れ高は大事だろうけど、オレたちは身の丈に合った着実な配信を続けていくとしよう」


 まあ、世の中には数字以上に大切にしたいことがあるってことでね。というか、そもそもの話、堅実な配信がミアのモットーじゃなかったのか。


 まったく……。なんだかんだ欲に溺れやすいよなあ、ウチの敏腕プロデューサーは。


「すみません、お待たせしました」


 きびすを返したオレをヨミの柔らかな笑顔が出迎える。実物は配信で見ていた以上に綺麗だなとか思いながら、オレは続けるのだった。


「ヨミさんさえよろしければ、どうぞ好きなところに住居を構えてください。歓迎します」

「ありがとうございます! 決してお邪魔にならないよう気をつけますので、これからどうぞよろしくお願いします」


 深々と頭を下げるヨミにつられて、オレも頭を下げる。


 そして思ったね。


 ジャージじゃなくて、ちゃんとした服を買いそろえようって。毎日ジャージはちょっと恥ずかしいもんな。


***


 ヨミの住居は『祝福商店』のティナが運んできた。


「これからはユウイチさんだけじゃなく、ヨミさんも担当になるっすよ! よろしくお願いするっす!」


 元気よく声を上げたボーイッシュな配達員は、ログハウス風の住居を、レゴブロックのようにテキパキと組み立てては、あっという間に完成させる。


 大きさとしてはオレの住まいの約二倍といったところで、大人気ストリーマーが暮らす家としては狭いようにも思われた。


「あまり広くしすぎても、持て余すだけですから。ほどほどが一番なんですよ」


 ニッコリと微笑みながら応じるヨミに、オレは好感を覚える。そういうバランス感覚、素敵だよね。


 ちなみにヨミさん、大の猫好きらしい。


 せっかくだから家族を紹介しようと、サスケを抱えて、改めて挨拶に行ったところ、配信では見たことのないようなだらしない顔をするのだった。


「えええぇぇぇぇぇぇ!!!!! かっ、可愛すぎるっ!!!! さ、サスケくんっていうの!? えぇぇぇぇぇ!! どうしよう!? 可愛すぎる!!!」


 その反応が面白く、抱っこしてみますかと尋ねるオレに、ヨミはあわあわと慌てながら、


「えっ!? そんなおこがましい!!! でも、いいんですか!?!?」


 と、結局は前のめりで、茶トラの子猫を抱きかかえるのだった。


「はわあああああああああ……。ふわふわ……、小さいねえ……」

「みゃぁ……」

「ん~~~~~~~~、どしたの? おなかすいたの? それとも眠いの?」

「みゃみゃ」

「どうしましょう、天使過ぎます……。どうしましょう……、この幸せをどこに伝えれば……」


 ……なんというか。オレにしてみれば、憧れのストリーマーなんだけど、一気に親近感が沸いたよね。


 自然と、「よかったら、これからもサスケと遊んでやってください」って声に出てたもん。陰キャのオレが、快挙ですよ、これは。


 その時のヨミのうれしそうな顔ったら。まあ、尊すぎて昇天するかと思ったよね。陰キャのオレが。まぶしすぎる。


「ユウイチさん、ユウイチさん! 注文していた服持ってきたっすよ!」


 ティナの活力にあふれた声が、オレを現実へと引き戻す。危ない危ない、軽くトリップするところだったぜ……。


「でも、珍しいっすね、ユウイチさん。頼んだのジャージじゃないんすね」


 はい、恥ずかしいからそういうこと言わないで、ティナさん! 顧客の秘密は守っておいて欲しいな!


***


 ともあれ。


 弱小ストリーマーであるオレと、超有名ストリーマーであるヨミのご近所暮らしはこうして幕を開けたのだった。


 ちなみに、ヨミは畑とかの手入れも率先して手伝ってくれる。すっかりと手広くなったのでありがたいのだけど、正直、申し訳ないので収穫物はご自由に持っていってもらうことにした。


 備蓄に回すにしても、まだまだ余裕のある量だからね。大人一人増えたところで問題ないのだ。


 ……で。


 個人的にも気になっていたヨミの配信だけど、これは一向に始まる気配を見せない。


 スローライフを送りたいって言っていたから、その様子を動画として届けるものなのかなあとか思っていたんだけどね。


 なんか、時間さえあれば、ウチのサスケと遊んでる。……しばらくはゆっくりするつもりなんだろうか?


 とはいえ、オレ自身、人のことをとやかく言っている余裕もないわけで……。


 次回の配信内容について語る妖精の声に、オレは一抹の不安を覚えるのだった。


「ユウイチ。次回の配信は森へ狩りに行くわよ!」

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