第6話  痕跡

第6話 痕跡

 夜明けの霞が関。

 総理公邸の外はまだ警察車両と報道陣でごった返していた。

 黒焦げのパトカー、砕けた舗道。散乱するドローンの残骸は異様な光景を作り出している。

「まるで戦場だな……」

 南雲武はポケットから煙草を取り出しかけ、思い直して胸ポケットに戻した。

 相棒の多田修は、まだ若い顔に疲労を浮かべながらメモを取っている。

「現場の証言では“黒い影”が敵を次々に倒したそうです」

「黒い影、ねぇ……。都市伝説のヒーローじゃあるまいし」

 南雲は地面にしゃがみ込み、破片を拾い上げた。

 砕けたアスファルトの上に、奇妙な痕跡。

 直径五十センチ近い円形の焼け跡。

「これは……銃の痕か?」

 多田が覗き込む。

 南雲は首を振った。

「いや、普通の銃弾じゃこんな熱量は出ねえ。……もっと別の何かだ」

 周囲の警官が声を張り上げる。

「被害者の身元確認、急げ!」

「SP六名死亡、二名重傷!」

 現場は騒然としたままだった。

     *

 その裏通り。

 まだ規制線が張られていない路地に、淡い飴の匂いが漂っていた。

 南雲は鼻をひくつかせ、苦笑する。

「……やっぱりな」

「ナマさん、また飴ですか?」

「前に病院の地下駐車場で嗅いだ匂いと同じだ。あれは“合図”だ。……ここでも使われてる」

 多田は不安げに眉をひそめる。

「もし敵じゃなく……味方が使ってたとしたら?」

「そうなら、俺たちは正義と闇の境界に足突っ込んじまってるな」

 南雲はポケットから飴玉を取り出し、包装紙を指先で弄んだ。

「鍵はこの飴だ。必ずどこかに繋がってる」

   

  *

月明かりに照らされた、森にひっそりと佇む古い神社。

境内には黒装束の忍たち――八咫烏が集まっていた。

冷えた空気の中、彼らは無言で立ち並び、ただ指令を待っている。

その中に、なぎさの姿もあった。

彼女は他の忍と同じように沈黙を守っていたが、心の奥底では別の想いが渦巻いていた。

(リナちゃん……)

視線を空に向けると、木々の隙間から月が覗く。

彼女は胸の内で、かすかに呟いた。

「絶対に……守る」

誰にも聞かれることのない、影の決意。

仲間に混じりながらも、彼女の心だけは遠い研究所にいる同級生へと寄り添っていた。

神主のような老人が姿を現すと、八咫烏たちは一斉に膝をつき、無言で頭を垂れる。

なぎさもまた、その流れに溶け込み、気配を消した。

ただ、影の奥で燃える想い――

それだけが、彼女を他の忍と違う存在にしていた。


     *

 一方、新世界真心会の施設。

 文明醒は広間に幹部を集め、怒気を隠さぬ声を響かせていた。

「失敗した原因はわかったか! 奴らの正体は?」

 幹部が震える声で答える。

「想定外の存在が……。女が……怪物のように……」

「女?」 「何者なんだ」

「最強の改造人間が倒されたんだぞ?」

 文明醒の目が細くなる。蛇のように縦に裂け、緑色の光を帯びた。

「その女を捕らえよ。必ずだ。……奴を我がものにすれば、世界は我らの掌に落ちる」

 幹部たちは一斉に頭を下げ、背筋を凍らせながら部屋を去った。

     *

 研究所。

 リナは鏡の前に立っていた。

 昨日までの自分とは違う。

 顔の傷は跡形もなく、髪は艶を取り戻している。だが――拳を握ると、内部から鈍い金属音が響いた。

「……私は……何者?」

 背後でコウキが声を掛けた。

「姉貴」

 リナは振り返る。弟は超電磁銃を大事そうに抱えていた。

「俺たちは人間だよ。兵器でも化け物でもない」

「でも――」

「違う。俺たちは“兄妹”だ。それ以上でも以下でもない」

 リナの心に、わずかな温度が差し込んだ。

     *

 深夜。

 南雲は帰り際、車のフロントに一枚の紙を見つけた。

 白い封筒。

 中には短い文字。

 ――“八咫の烏は見ている”――

 南雲は封筒を握りしめ、苦笑した。

「八咫烏……か。やっぱり、ただの都市伝説じゃなかったか」

 多田が背筋を震わせる。

「ナマさん、どうします?」

「決まってる。追う。……痕跡は残されてるんだ」

 車のライトが夜道を切り裂き、闇に溶けていった。


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