玲奈

 夏美は玲奈と所属している部活も同じだった。

 夏美が所属している「はまかぜボランティア部」——通称「はまボラ部」は、大学の中でもそこそこ歴史がある部だ。ゴミ拾いから学校近隣の幼稚園にいる子供たちとの交流、老人ホームの慰問などの活動を行っている。


 けれど夏美は入学時からボランティアに興味があったわけではない。

 入学時からボランティアに興味があったのはむしろ明香で、彼女から半ば強引に誘われてなんとなく入部したにすぎない。

 玲奈も同じ部だったと知ったのは、入部して少し経ってからだった。新入生歓迎会の挨拶で、所属学科を聞いてようやっと気づいた。

 彼女の入部理由は覚えていない。そもそもこの部の活動はひと月に二、三回ほどで比較的ゆとりがあり、兼部する学生も多い。そのため、わりと軽い理由で入部している人もそこそこいる。


 クラスも部活も同じだからといって、玲奈とは明香ほど親しい仲だったわけでない。

 夏美にとって玲奈は、クラスメイトだけど別のグループの子、というような距離感だった。

 ただ人懐っこく誰とでも分け隔てなく接する彼女は、人見知りをする夏美にとって比較的話しやすい存在だった。


 玲奈が亡くなった日、夏美も同じ合宿に参加していた。

 初めての合宿。

 学校から離れて過ごす時間。

 汗だくまみれでやった海岸の清掃。

 夕食のバーベキュー。

 みんなでやった手持ち花火。

 最後まで楽しい合宿になると思っていた。

 自分だけでない。きっと、誰もがそう思っていたはずだった。

 仲間がいなくなるなんて思わなかった。

 ましてや亡くなるなんて全く想像もしてなかった。


 授業後、夏美の足は自然と部室に向かっていた。

 扉の先には、三畳ほどの狭い部屋。部室と呼ぶにはほぼ物置みたいな場所。

 無造作に置かれた机と椅子。そばにある棚には、ボランティア先で撮った写真を入れたアルバムが並んでいる。

 夏休み前と変わらない景色がそこにはあった。


 教室で小野田は玲奈の死を「事故」と説明していたが、実際は違う。

 自殺の可能性が高いが、事故も否定できない死――、つまりはほぼ「自殺に近い死」だった。

 事故が否定できなかったのは、遺体の状態や当時の状況からどちらかだと判断するのが難しかったためだ。

 生徒の前であえて「自殺」という言葉を使わなかったのは、生徒たちが変に騒ぐのを避けるためと、玲奈の家族を思ってのことだろう。

 けれど、夏美は思う。

 人間関係に恵まれた明るい彼女が、一体なぜ、どうして死を選ばなければならなかったのだろう。


 夏美がそんなことを考えていると、突然ドアが開いて体格のいい学生が入ってきた。二年の今田いまだだった。

「あ、お……お、お疲れ様です……」

 まだ部活の活動日前でてっきり誰も来ないと思っていたため、予想外の出来事に声が小さくなった。

「あれ、佐々岡さん。一人?」

 今田の優しく穏やかな細い目は糸目になる。

 彼は比較的大柄で良い体格をしているが、その穏やかな顔とややゆっくりめな口調からは怖さは感じられない。

 さらに今田の実家は地元ではそこそこ名の知られるお寺であるため、「実家が寺で……」という説明を受けると、大抵の人は彼の風貌に納得してしまう。

「明香も今日はバイトで帰っちゃって……」

「そっか……」

 今田は腰を下ろすと、ふぅーと軽く息をついた。

「夏休み、終わっちゃったね……」

「……そうですね」

「佐々岡さんはどこかにでかけた?」

 首を軽く傾げながら今田は聞いてきた。

「いえ、どこも……」

 夏合宿以外は、と言おうとして止めた。玲奈の話は避けた方がいいだろう。

 窓の方からはちょうど運動部の掛け声が聞こえる。

 はまボラ部ような緩めの文化部とは違い、彼らの活動時期は早い。

 夏美はちらりと今田を見た。

 今田はどう思っているのだろうか。玲奈のことを。

「三橋さんのこと、残念だったね……」

 まるで心の声が聞こえたのか、今田は玲奈の話題に触れた。

「先輩は、たしか家の事情でいませんでしたね」

「うん、ちょうど、忙しかったときだね」

 今田の「家の事情」とは、正確にいうと「実家の手伝い」である。

 今田はこの「手伝い」を理由に不参加とした行事が過去にいくつかある。

 とはいえ実際この「手伝い」も強制ではないようなのだが、彼岸の時期やお盆、年末年始などはどうやら人手が足りなくなってしまうため、結果的に駆り出されてしまうようだ。

「三橋さんが亡くなったことは、あとから連絡が来て知ってね、僕は詳しいことはちょっと分からないんだ。でも、いろいろと大変だったんだよね……?」

「そう、ですね……」

 部員の死に悲しむ暇もなく、合宿中は警察が来て最後まで落ち着かなかった。

 夏美も任意ではあったが、事情聴取を受けた。

 

『部屋にいたのはあなたたちだけ?』

『怪しい人は見なかった?』

 

 何度も同じ質問をされた。

 事件性がないか、玲奈と同室だった夏美たちを疑っていたのもあっただろう。

 それも警察の仕事なのだから仕方ない。

 他の部員や先輩も同様の質問を受けたようで、聴取後はどこかぐったりした様子だった。


「本当に突然、だったね……」

「はい。でもなんか自分から死ぬような子には見えなくて……」

「そうだね……」

 なんであの子が。夏美含めて部員たちは思ったはずだ。


「あ、そういや浅間あさまさんはどうしてる?大丈夫かな?」

 今田は思い出したように言った。


 浅間あさま ゆうは玲奈の親友で、同じ部活ではないが、クラスメイトだ。

 部活終わりには玲奈とよく帰っており、部内でも優を見かけたり知っている人は多い。

 玲奈の死で優は相当のショックを受けているはずだ。今日は見かけなかった。


「今日は休みみたいです」

「そっか……」


 優だって、いや優こそ玲奈の死を受け入れられないのかもしれない。

 頻繁に連絡をとっていただろう彼女が、まさか死ぬなんて思ってもみなかったに違いない。

 

「ねぇ、佐々岡さん。しんどくなかったらでいいんだけど――」

「なんですか?」

 おずおずと聞いてきた今田に夏美は聞き返した。

、教えてくれないかな……?」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る