感情さえもAIによって抑制され、感情的になることなく誰もが平穏に暮らす理想世界。
それは狩猟本能に根ざしたスポーツでさえも例外ではなく……
カクヨムのおすすめだったので、天才サッカー選手がAI相手に無双する話かと期待して読み始めたのですが、最初に感じたのは「違和感」でした。
何と言うか、スポーツ物らしからぬ寒々しく無機質に淡々と進む物語に不安を感じたんです。
そのまま読み進めていると、しばらくしてストンと物語に入った気がしました。
「あ、主人公シドが感じていた違和感はこれか! これに反逆しようと思ったのか!」と。
それから気付いたらラストまで一気に読み終えていました。
人間が家畜のように飼いならされた、AIが管理する「理想社会」に反逆して人間性を取り戻していくというのはSF物の王道ですが、サッカーというのは新鮮ですね。
チート的な特殊能力で世界をぶっ壊して強制的に改革するのではなく、あくまでも枠組みの中で(相手の土俵の上で)起こした革命です。
それがどこまで通じるのかが面白さになっていると感じました。
ネタバレになるのでここまでにします(笑)
シドの革命が社会にどんな変化をもたらすか、ぜひ読んで確かめてほしいと思います。
スポーツへのAI活用が認められた未来。英国フットボール界のNo.1ストライカーであるシド・マクリーは、戦術AIに管理されたプレイに疑問を覚える。感情すら支配された世界で、「人間としての自由なプレイ」を取り戻すことを決意し、シドは世界へ挑戦状を叩きつける。
登場人物たちのむき出しの本能、感情の奔流、激しい情熱の嵐に圧倒されました。
最適化された未来のフットボールでは、どれほど華麗なゴールを決めても、観客も選手も感情を抑制され、何も感じない。ただ淡々と戦術AIの指示に従い、コートを走り、ボールを蹴るだけ。すべてが無機質な世界の中で、ひとり感情を解き放つシドだけが、灼熱のマグマのように熱く輝いているんですよ。
戦術AIに逆らい、監督にも従わないシドは、当然ながら批判の的となる。チームメイトから孤立し、ついにはプロ契約の打ち切りを告げられる。それでも彼は不敵に嘲笑い、自らのプレイで「本当のスポーツとは何か」を訴え続ける。コートを駆ける一歩一歩に彼の人生が宿り、ボールを蹴る一瞬一瞬に誇りと意地が燃える。シドの情熱あふれる姿に胸が震えずにはいられませんでした。
そして彼のプレイに心を揺さぶられた他の選手たちも、次第に眠っていた闘志を取り戻していく――。スポーツへの熱狂と興奮が描かれた物語です。
(新作紹介「カクヨム金のたまご」/文=愛咲優詩)
“感情のフラット化”というディストピアのリアリティ
勝利を重ねた先に待つのがフラットライン・シンドローム――感情が水平線になる病、という設定が刺さる。栄光の代償としての“空虚”が、AI社会の陰影をくっきりと浮かび上がらせる。
AIが選ぶ“正しさ”に、人間の“衝動”で楔を打ち込む物語。戦術の数式、情動のアルゴリズム、都市の快適さ――それらが整然と並ぶほど、1点の“ノイズ”が美しく輝く。フットボールを知らなくても読めるし、戦術厨ほど唸る。『攻殻機動隊』的サイバネ感と現代サッカー分析のミクスチャーに、熱い反骨が通う、痛快な反最適化小説。読む価値、あります。