第4話

 梨乃と父はAppleストアにやってきた。紗千は自宅で祖母と共に留守番だ。銀座は小学生には遠すぎる。


 すでにAppleサポートのチャットで事情は説明してある。父は担当者に死亡証明書と戸籍抄本、身分証明書として運転免許証などを渡し、肝心の母のiPhoneを受付け台の上の柔らかいフェルトのトレイの上に載せた。担当者はにこやかに「書類と免許証はコピーをいただきます。少々お待ちください」と言って、それらを持ってバックヤードへ消えた。数分すると、担当者は全て持って出てきて、書類と免許証を父へ返す。


「では、こちらのiPhoneのロックを解除しましたのでご確認ください。新しく設定したパスワードは000000です」


 なんとあっという間に、ロックは解除されホーム画面が表示されている。


「今回は事件性があるかもしれないということでお引き受けしましたが、プライバシー保護の観点から、普段は故人のデバイスのロック解除は承っておりません。あまり今回の対応を周囲に吹聴されないようにお願いいたします。では、今回の作業内容を表記しましたこちらの書類にサインをお願いいたします」


 父は「本当にありがとう」と言いながらサインをした。梨乃は母のスマホを手に取った。シンプルだ。ホーム画面にあるアプリのアイコンの数はそう多くない。メール、電話、カメラ、写真、LINE、PayPay、AppStore・・・その中に、梨乃は異質なものを見つけていくらか衝撃を受けた。放射状に広がる光をかたどったLUMINOUSのアイコンが、そこにはあった。

「お母さんも、LUMINOUSやってたんだ」意外すぎて、梨乃はつぶやいた。


 帰る道すがら、父と梨乃は母のプライバシーを侵害しまくっていた。連絡先、電話の履歴、メールの内容、LINEのやり取り。連絡先には見知った人間しか登録されていない。メールやLINEも「何時頃帰ってくるの」「帰りにお醤油買ってきて」「今度の参観日、何時からだっけ」「正月は二日に実家の方に顔を出します」「PTAの役員、そろそろ回ってきそう。立候補するとしたらどれにする」など、どれも家族やママ友との事務的な連絡ばかりだ。それもかなり送信頻度が低い。


 LUMINOUSだけ、内容が確認できなかった。そのアプリには、生体認証のロックがかかっていたのだ。


 今や母がLUMINOUSにハマっていたことを、梨乃も父も確信していた。

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