第2話 現場保存

(怪談師ありがとうぁみさんに提供した話)


 これはある当番勤務時の出来事である。夜中の二時に仮眠から起きた私は、交番内で書類整理等を済ませた後パトカーに乗って警ら(パトロール)に出た。小さな田舎町の夜は静かで明かりといえば数少ない街頭と信号機、それに月明かりくらいのもので冬場の澄んだ空気も相まって空を見上げれば綺麗な星空がどこまでも広がっていた。このままなんの事件事故も発生することなく静かに非番の日を迎えることができたらいいなと思っていた。


 東の空から陽が登り周囲が明るくなった朝六時ごろ、パトカーに取り付けてある無線機が響いた。

「警察本部から〇〇(警察署名)。〇〇(住所)〇〇宅にて自殺企図が発生。至急現場に向かわれたい。なお救急隊には連絡済み。以上警察本部。」

 自殺事案が発生したのだ。私はすぐに警察署に無線で連絡をし現場に向かった。現場は道路に面した広い敷地で道路沿いに住居があり、その奥に作業場と思われるプレハブ小屋が三棟並んで建っていた。私が到着した時にはすでに救急隊が到着しており、自殺者をストレッチャーに乗せ救急車に運び込んでいた。救急隊の発した「まだ助かるかもしれない」と言う言葉と共に救急車後方の扉が閉まり、赤色灯を回しサイレンを鳴らしながら救急車はすぐに出発した。私は助かってほしいと願いながら救急車を見送った。


 警察官が現場に到着した際にまずしなくてはいけないことは現場保存である。事件現場をその時の状態で保存し証拠品などの損傷損壊や隠滅を防ぐ事を目的とし、それが事件解決に繋がるからである。私も現場保存をするため敷地内に入ったのだが敷地が広く建物も多いためその現場がどこにあるのか分からなかった。周囲を確認すると住居の玄関に座り込む女性を発見したので確認をしようと声をかけた。しかし女性は

 あああああああああああああうううううううううううううううううう

と頭を抱えながら涙を流し会話もできないほど錯乱していた。この女性は自殺者のご家族なのだろう。私も同じ立場ならとても落ち着いてはいられない。サイレンの音を聞きつけ近隣の住民も集まってきている。急いで現場保存を行い現場の状況を把握しなくてはならない。


 ふと敷地の奥に目をやると住居と作業場の中間地点付近に中年男性が一人佇んでいた。どうやらこの男性もご家族のようだ。私はすぐに駆け寄り

「〇〇警察署の〇〇です。大丈夫ですか?」

と声をかけた。もちろん大丈夫ではないことは重々承知しているがこういう時にどのように声をかけていいものか今でも正解がわからない。男性は血の気の引いた真っ青な顔を上げ力のない目をこちらに向け涙を浮かべながら私に

「ご迷惑をおかけして本当に申し訳ありません。私もどうしようもなくて・・・本当に申し訳ありません・・・どうすることもできなくて・・・すみません・・・本当に・・・」

と言うのだ。いたたまれなかった。

「ご家族の方が一番お辛いです。私たちのことは気にせず玄関前にいらっしゃる女性の側にいてあげてください。現場だけ教えていただけらばここに待機していなくても問題ありませんので、また質問等あればお声掛けさせていただきます。」

と私が伝えると男性は

「申し訳ありません。ありがとうございます。場所はあの三棟並んだ小屋の一番手前の小屋の中です。あそこで首を吊って・・・後はよろしくお願いします。」

と答え住居の玄関の方へ向かった。


 私は男性を見送った後すぐに現場に向かい、準備していた立ち入り禁止の黄色いテープを小屋の周囲に張り現場の写真撮影を開始した。小屋の外観を撮影し終えると小屋内に入り状況を確認した。その小屋は木材の製材加工を行う作業場のようで様々な機械や道具が並んでおり木材とオイルの匂い、機械の周囲に積もった木屑が印象的な場所だった。

 自殺企図の場所はすぐに分かった。倒れた椅子、その上には小屋の梁から垂れ下がる途中で切断された直径二センチ程の太さのロープ、すぐ側に落ちている数分前まで自殺者の首に食い込んでいたであろう結び目のついた切断されたロープ、その周囲の地面に残る慌ただしさと緊急性を感じさせる救急隊員の足跡、私はその全ての写真撮影を終えるとその写真データを現場状況の報告と共に警察署に送った。それらの作業を終えた頃、本署の鑑識官と捜査員が到着したので現場の状況報告等を行い現場を捜査員に引き継ぐと報告書を作成するため交番へ向かった。交番で報告書や勤務日誌、その他書類作成を済ませた頃、ちょうど今日の当番員が交番に到着したので引き継ぎ業務を行い荷物をまとめて本署に行き、作成した各書類を提出した後帰宅した。


 帰宅後シャワーを浴び軽く食事も済ませ前日からの勤務からくる疲労を感じながらうとうとしていると突然私のスマホが鳴った。警察署からの着信だ。

「非番のとこ悪いな。先ほど病院に運ばれた自殺者が亡くなった。今から検視をするんだが人手が足りないから手伝ってくれ。」

捜査係長からの連絡だった。私はすぐに作業着に着替え病院の検視室に向かった。検視とは亡くなった方のご遺体を調べ、その死因や事件性の有無を調べるものである。

 検視室に入ると部屋の中央に置かれた金属製の台の上に白色のシートを爪先から頭の先まで被せられたご遺体が横たわっていた。私はマスクとゴム手袋を装着し鑑識官や捜査員と並んでご遺体の寝かされた台の横に立つ。

「それでは検視を始めます。合掌。」

 鑑識官が言うと皆手を合わせた。数秒手を合わせた後鑑識官がご遺体の上にかけられたシートをめくった。


 そのご遺体は私に自殺現場を教えてくれたあの中年男性だった。


 驚いた。私は亡くなった人と話をしたのだろうか?あれは幽霊だったのだろうか?

 しかしそう考えるとあの時男性が私に言った

「ご迷惑をおかけして申し訳ありません・・・私もどうしようもなくて・・・どうすることもできなくて・・・」

という言葉も意味合いが変わったくる。

 幽霊を見たかもしれないという恐怖よりも心が締め付けられるなんとも言えない感覚の方が勝った苦い体験だった。


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