売れない画家

タコ殴りだよ 

売れない画家


 俺は何を描きたかったのかもうわからない


俺はなぜこの道を選んでしまったのだろうか、画家は金にならない仕事だ。


 惨めな生活が苦痛で仕方ない。


 そうやって一人部屋の隅で安酒を仰ぐ。

やっぱり人生は金なのだ。


 酔った頭で想像する。

「やりなおせねぇかなぁ..」



「やり直せますよ」





「へ?」


 思わず情けない声が出た。

部屋には俺しかいないはずだったのにおかしな奴がいる。


 ピカソのイかれた絵からそのまま飛び出してきたような顔をしている癖に体が普通なアンバランスな格好をしたクレイジーな奴が。


 これは夢な…「おっと、これは夢なんかじゃないですよ」

 

 俺の思考に割り込むように奴は言う。

見た目の割に丁寧な言葉遣いだな。


 「だったら一体お前はなんだってんだ?」


 怖さより困惑が勝った俺は睨みつけながら言い返す。


 「まぁそんなことはいいじゃないですか」

そう言って奴は続ける。


 「あなたはお金が欲しいのでしょう、そしてお金さえあればまたやりなおせる、そう思っている」


 その言葉は確信めいていた。


 何故かそれに俺は無性に腹が立った。


  「あぁ、そうさ、全くもってその通りだ。だったらなんだって言うんだ、お前になにかできるのか?」 

 

 「えぇ、もちろんできますとも!」


 奴はそう言いながらまるで魔法のように何かを創り出してみせた。




「これは?」

 困惑した俺の目の前にあるのは札束だった。

 

「もちろん本物ですとも」


 俺が聞くより先に奴が言う。


「このお金はあなたに無償で差し上げます。僕の能力の証明ですので。ただし、あなたはさらには、さらにお金を得るチャンスがあります。」


 「それはなんだ?」

 俺は、興奮気味に言う。


 「あなたの絵の才能、その他絵に関する全ての能力を僕に売って欲しいのです。その取引をあなたが受けてくれるのなら僕は惜しまずあなたにお金を創り出してみせましょう。」


 俺からすれば願ったりの話だ。ここに奴が置いた金だけでしばらく遊んで暮らせる額で、さらに奴は俺の絵の技術を売るだけで更なる大金を積むと言う。


 今すぐこの取引は応じるべきだ

 「その取引乗っ….「ただし、この取引は一週間後です。」

 

 「なんでだ?」


 「僕は、お互いに後悔のない取引にしたいと思っております。故に少しだけ時間を空けて、冷静になれる時間が欲しいということです。」


 そんな時間は俺からしたらいらないが、殊勝な心がけである。


 「わかった。一週間後だな」


 「えぇ、決して後悔のないように」

 そう言って奴は霧散するように消えた。


 やはりこれは夢ではないようだ。奴が置いていった札束で自分の頬を思っい切り叩いてみても痛みを感じる。


 どう使ってみようか、久しぶりに想像力が刺激される。映画でも見るか、料理にでも挑戦してみるか.. 取り敢えず豪遊だ。









 奴との約束から5日が経った。



 結局俺は家にこもって酒を飲むだけで何もできずにいるだけだった。金を使ってすらない。







 あれ?

 




 俺は絵を描くのを辞めて一体何になりたいんだ?






 途端に恐怖が頭を支配する。あんな非現実的な奴に出会った時よりも恐ろしい正体不明の恐怖が。

 

 俺は久しぶりに家を飛び出し、恐怖を誤魔化すように漠然と歩く。


 久しぶりの日光に安堵を覚えて、多少恐怖は薄まった気がする。


 気がつけば美術館の前に立っていた。妙に懐かしい気分になる。


 「僕が————————」


 今のはなんだ、俺の記憶か?


 奇妙な感じと共に何か思い出しそうな気がする。とりあえずこの中に入るべきだ。


 「あぁ、はい大人1名です」


 久しぶりの人との会話に新鮮な感覚を覚えつつ入館を完了させる。

 

 寂れてるなぁ、人が俺以外にいない。でも居心地の良さを感じる。


 館内を探索し、様々な作品を眺めていると

「「館長のおすすめ! ピカソシリーズ!」」

という安っぽいポップアップと丁寧に飾られたピカソの絵の解説が目に止まった。


 見てみようか。ピカソの絵はわかる限りピカソの書いた年代順に置いてあった。


 ピカソといえばあの独特な画風で知られているが、あの画風になる前は写実的な、いわゆる普通とされる絵を描いていた。


 しかし、「アヴィニョンの娘たち」と言う絵画をターニングポイントにしてあの画風になったと言われている。


 彼は画家としては珍しく生前から評価されたタイプの芸術家である。


 昔の俺はピカソの絵の得体のしれなさにトラウマを覚えていた。



 うん?、、


 昔の俺?


 一気に記憶が溢れ出す。

 思い出せるような気がする。





 「僕はピカソの絵が嫌いだよ」


 当時の舌足らずな発音で俺はピカソの絵を批判していた。

 

 「でも彼の絵には写真にはないものがあるんだぜ」


 誰が当時の俺と話しているかはよくわからない。というか本題はそこじゃない。


 「うーん、君にピカソを超える絵が描けるかって?それはわからないよ、芸術は人それぞれの尺度なんだ、ピカソの絵は良くも悪くも当時の金持ち達にうけたんだ」


 「でもね俺は、ピカソはあの画風を楽しんで描いていてあれが彼にとって一番満足行く形になったと思うのさ」


 「ピカソが生涯において沢山の作品を沢山の画風で描いたことは、賢い君なら知ってるだろう?その中でも彼があの画風で絵を描きまくったてことがその証明ね」



 「僕にしか僕を満足させる作品は作れないってこと?」



 当時の俺の疑問に男は面白そうな声からいきなり真面目な声色になる。


 「ははっ、そうかもしれないね。いやそうだと思うよ。」

 

 「君も君の作品を楽しみなよ」


 そしてまた楽しげな声で


 「じゃあね、少年!結構、いやかなり楽しめたぜ。もう迷子になるなよぉ〜」

 

そう言って男が去っていった。


 ここが俺の人生の起点だった。俺は俺にしか俺を満たせる作品が作れないことを知ってしまったのだ。


 それから俺は寝る間も惜しんで、青春を絵に捧げながら、

描いて、

描いて、

描きまくった。





 そうやってついに俺が満足する絵ができた。満たされた心地だった。世界で一番俺がこの絵を愛している。





 しかし、この絵は誰にも評価されなかった。

 


 

 その絵の価値は本当に俺だけのものになってしまった。


 そうだった、ピカソは例外なんだ。


 普通の画家はその絵画の評価はされない。されたとしても、そのほとんどが死後だ。誰だってそんなことは知ってる。そこを俺は見落としたのだ。


 人生を棒に振ったように感じた。



 しかし、俺の他の絵が評価された。描いた俺にだってその価値がわからない媚びたその絵に。


 俺は悪いことに、そこに生きる希望を感じてしまった。 

 

 そうやって描きたくない絵に希望を見出して描いていくうちに俺が何を描きたかったのかを忘れて、理想と現実のジレンマを抱えて擦り切れてしまった。






 「最後に筆を手に取ったのはいつだ」

 




 

 絵が売れなくなったんじゃない、売る絵を描けなくなったんだ。



 急いで美術館を出て、家に飛び込む。家中をひっくり返してそれを探す。


 「あった」


 今なら、何にも縛られない今なら、、描ける気がする。


 埃を被った鉛筆と紙を手に取る。腕が震える、上手く描けない、誰が見ても下手な絵が出来上がった。

それでも、

 

      「この絵は面白い」


 

   そう思えたことが本当に嬉しかった。

 








 

 ついに約束の日が来た。奴が俺の前に現れた。


 「決断はできましたか?」


 「うん、できたよ」

 


 「あなたはその才能と技術を僕に売ってくれますね?」


 奴の声色は相変わらず確信めいていた。


 俺は





    「申し訳ないが、売れない」



  しっかりと奴の目を見て、ちゃんと声を出して言った。

 

 「お前が前回くれた金も全て返す。頼む、許してくれ。」


 相手が得体のしれない化け物かつ、酔っていないのもあって正直怖い。


 「……………そうですか」

 

 奴は全く底が読めない声色でいう。


 「頼む、許してくれ」


 情けなく額を地面に擦り付ける。ただ失うわけにはいけない。やっと見つけ直せたんだ。

 




 突然、頭に冷たい感覚を感じた





 それは雫だった。






 奴の。


「正直、あなたがそう言ってくれるのを僕はどこかで信じてて、でも貴方が、僕を愛してくれるあなたが、苦しんでいるのをみたくなくて」

 

 泣いているせいで言葉が途切れ途切れているが、


 「もしかしてお前は、」



 「はい、そうですよ」



  涙ぐみながら言う。


 「僕はあなたに、何かとどけられたでしょうか?」

 

 「届いたよ、沢山、俺も、ありがとう」

 

 俺も涙が自然と溢れ出していた。


 涙が止まる頃には、もう居なかった。アイツが居たところには、一枚の絵が落ちていた。拾って大事に額縁に入れ直す。


 俺、しっかりやるから、もうちゃんと見つけたんだよ、やりたいこと、もう見失わないよ


 

 そうやって筆を取った。

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売れない画家 タコ殴りだよ  @Takoyarooo

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