第25話 二つの謎の交差点
「つまり、こういうことか?」
図書室の机に広げられた相関図を前に、航汰が腕を組んで唸った。
「囁き声のトリックは、オートマタを使った可能性が高い。そして、アールグレイは、被害者のアレルギーを知っていた家政婦の聡子さんが犯人だと示す、強力な証拠になる。…でも、なんで紅茶が飲まれてないのかが、どうしても分からねえ」
「その通りよ」
私は航汰の言葉に頷いた。
私たちの推理は、核心に近づいているようで、同時に、分厚い壁にぶつかっていた。
囁き声の謎と、アールグレイの謎。
この二つを、別々のものとして考えていてはダメだ。
きっと、どこかに交差点があるはず。
私は目を閉じ、事件当夜の山崎辰五郎の書斎を頭の中に思い描いた。
被害者は椅子に座っている。
彼の前には、オートマタが静かに佇んでいる。
サイドテーブルには、湯気の立つアールグレイのカップ。
そこへ、家政婦の聡子がノックをする。
返事はない。
ドアは施錠されている。
彼女は不審に思い、何度も呼びかける。
やがて、ドアの向こうから、不気味な囁き声が聞こえてくる…。
「…待って」
私は目を開けた。
思考の中に、小さな、しかし無視できない違和感が生まれた。
「航汰、何かがおかしいわ」
「何がだよ?」
「聡子さんの行動よ。彼女は、囁き声を聞いた後、どうしたんだっけ?」
「ええと…」航汰はメモをめくる。「すぐに、長男の和彦に電話して、警察にも通報してる」
「そうよね。普通の反応だわ。でも、もし、聡子さん自身が、アールグレイで山崎さんを殺害しようとしていたとしたら? 部屋の中の状況が分からない段階で、そんなにすぐに外部に連絡するかしら?」
私の問いに、航汰はハッとした顔をした。
「確かに…。自分の計画が成功したかどうかも分からないのに、警察を呼ぶのはリスクが高すぎる。もしかしたら、まだ山崎が生きていて、『こいつに毒を盛られた』って証言するかもしれないからな」
「そう。彼女が犯人なら、もっと慎重に行動するはず。例えば、どうにかして中の様子を確認しようとするとか、時間を置いてから、もう一度訪ねてみるとか…」
聡子の行動は、彼女が犯人であるという仮説と矛盾する。
では、彼女は犯人ではない?
だとすれば、あのアールグレイは、一体誰が、何のために用意したのか。
そして、その時、私の頭の中で、二つの謎が初めて、一本の線で繋がった。
「…そうか。そういうことだったのね」
囁き声と、アールグレイ。
この二つは、別々の謎ではなかった。
一つの目的のために仕掛けられた、二重の罠だったんだ。
犯人は、聡子さんが山崎辰五郎を殺害しようとしていることを、知っていた。
そして、その計画を、そっくりそのまま利用したんだ。
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