第14話 忍者をつらぬく何本もの刀


「その女子おなごを害すること、ゆるさん!」


 という声にふりむいた面々が目撃したのは、砂浜に立つひとりの男であった。

 完全なる忍装束……顔には目もと以外を隠した頭巾ずきんをかぶり、またそれと同色の、黒に近い濃紺で全身をおおっている。

 いまが闇夜であればまぎれたであろうその色も、太陽が中天ちゅうてんにのぼり、かつ白く美しい砂浜の上とあってはちりほどの迷彩効果も有しておらぬ。


半々蔵はんはんぞうさまッ!!」


 とらわれたおヒメにそう呼ばれた男は、ふうらりと、なんの構えもとらずに野盗どものいる波打ち際へと一歩一歩近づいていく。

 刺せば、すぐに殺せそうなほどにスキだらけである。

 野盗どもは刀を構えつつも、少々うろたえた。


「親分……あれはやっちまっていいんですかね?」


 と数々の反省を踏まえてしっかり事前確認するうっかり百八兵衛ひゃくはちべえに、


「脱力」


 まずは一言いちごんでエッチ後屋ごやが応じる。


「あそこまでの脱力は、まず達人のみがなし得るものと見てまちがいはねェ。見ろ、刀をもって立ちはだかる10人近い敵に、ああも無防備に近づけるモンかよ。ヤツには忍法もある。よくよく注意して……」


 とエッチ後屋ごやが説明をつづけたところで、質問しておきながらうっかりろくろく聞いていなかったうっかり百八兵衛ひゃくはちべえは、


「へいッ! 脱力してて弱そうだからやっちまえってことですね、おめェら刺せ刺せぇい!」


 と野盗どもへ元気よく指示を飛ばした。


「いやちがっ」

「ヒャッハァァ!! ごみは清掃だぁぁぁ!!」


 うっかり百八兵衛ひゃくはちべえの指示に、迷いもすっかり晴れた野盗どもは歓声かんせいとも喊声かんせいともつかぬ声をあげて忍者へむかっていった。

 彼らがもつのはあまり手入れの行きとどいておらぬ刀ではあるが、人ひとりを殺すには十分である。


 集団による圧力がかかってなおも、忍者はふうらり、一歩、一歩とおヒメのほうへ近づいてゆく。


「だめ、来ないで、半々蔵はんはんぞうさまぁっ!」


 そんなおヒメの悲鳴もむなしく、ついに、両者の距離が極限まで縮まり、まじわる――


「いやぁぁぁぁっ!!」


 女の悲泣ひきゅうが、砂浜をおおいつくしていく。


 するりと、忍者が野盗どもをすり抜けてぶちのめすこともなく、何本もの刀が忍者の肉を、胴体を貫き通している……。

 ブシャアアアと、腹と背から噴水のごとく湧き出た血が、正面の野盗どもにかかり「きたなっ」とだれかがこぼす。


 いつかのように木の枝に代わることも、分身としてふっと消え去ることもなく、たしかに忍者は絶命してしまった。


「あれっ、なんか達人の技が出てくるかと思ったのに……。ううーんそれは、ちょっと、どうなのかなぁ? なんかいかにもねぇ、『達人でござい』って雰囲気出しといてさぁ、こっちがかんちがいするのもしかたないっていうか、こっちも興奮のやりどころがなくなっちゃうっていうか、なんかもうちょっと考えてほしいよねほんと……」


 エッチ後屋ごやはおのれが的はずれな評をくだしていたらしいことに気がつくと、恥ずかしさからぽっと頬をそめ、ごにょごにょとごまかすように独りごちる。


「さ、サメ神さまにまつれ、まつれぇぇぇイ!」


 その後、あわてて切り替えたエッチ後屋ごやの指示に、勢いおとろえつつもブシャシャと血の出るからだをかかえ、野盗どもが海へと放る。

 待ってましたとばかりに、サメ神さま〈ばすと〉が海からおどり出てそのからだを口へ――

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