第2話 美波からの誘いの先に

 放課後の学校は時間が止まったかのような静けさに包まれていた。

 オレンジ色の夕陽が図書館の窓から差し込み、木製の本棚に柔らかな光と影を織りなす。

 そんな中、図書部に所属する高校二年生の進藤幸村しんどう/ゆきむらは、図書館の受付カウンター近くにいた。


 幸村は地味めな見た目と控えめな性格で、クラスでは目立たない存在。だが、心は今、いつもより少しだけ浮き足立っていた。

 その理由は、図書部で一緒に過ごす日高美波ひだか/みなみとの距離が、ほんの少し縮まったからである。


 美波はクラス委員長を務める才色兼備な美少女。陰キャではないものの、積極的に人と関わって行くタイプではない。初対面だと関わりづらい印象があるが、話してみると意外とそんな事はなく、話しやすい感じである。そんな彼女と、今日、妙に話が弾むようになっていたのだ。


 幸村の日常は、放課後の図書館で図書部として本に囲まれながら穏やかな時間を過ごすこと。

 それが幸村にとってのささやかな幸せだった。だが、最近はその平穏な日常に、さざ波のような変化が訪れていたのだ。

 きっかけは、美波が持ちかけてきたある計画。


 美波には双子の兄である日高達哉ひだか/たつやがいる。達哉は陽キャで人当たりの良い人気者だが、美波はその裏の顔を知っていた。


 達哉の行動には何か裏があると、そう確信した美波は、幸村に協力を求めたのである。

 実は、幸村にも達哉に対して複雑な思いがあった。

 幸村の幼馴染である高井那月たかい/なつき坂野純恋さかの/すみれが、最近、達哉と親しくしていた事に、モヤモヤとした不安が広がっていたこと。

 だからこそ、協力する意思を示したのだ。


 こうして二人は、共通の目的――達哉の行動を暴くことを胸に、協力関係を結んだのである。




 現在、図書館の中は、夕陽の光に照らされてどこか幻想的な雰囲気を漂わせていた。

 本棚の間を揺れる影と、ページをめくるかすかな音が静寂を彩る。

 幸村は受付カウンターで図書管理の作業を終え、ほっと一息ついた。

 一方、美波は本棚の整理に追われていたが、彼女の動きにはどこか軽やかなリズムがあった。


「進藤くん、そっちの方は終わった?」


 本棚の隙間から顔を覗かせた美波が、柔らかな笑みを浮かべた。

 普段の真面目な委員長のイメージとは違い、親しみやすい声に幸村は少しドキッとした。


「う、うん、こっちはもう大丈夫。日高さんの方は?」


 幸村はパソコンを閉じ、パイプ椅子から立ち上がった。


「私も終わったよ! じゃあ、一緒に帰らない?」


 二人は手早く荷物をまとめ、図書館の電気を消した。

 中庭を抜けて本校舎へ向かう道すがら、春の夕風が頬を優しく撫でる。

 校庭の木々がざわめく音が、どこか懐かしい雰囲気を醸し出していた。

 職員室で鍵を返し、昇降口で靴を履き替える間、美波がふと口を開いたのだ。


「進藤くんは、特に用事のない日の放課後って何をしてるの?」


 突然の質問に、幸村は少し戸惑った。自分の地味な生活を話すのは、どこか気恥ずかしい。


「えっと……家で漫画読んだり、ラノベを読んだりとか、かな」


 声には照れが滲む。

 いわゆる陰キャな生活を自覚しているだけに、こんな話題は少し苦手だが、美波はくすっと笑って応えた。


「へえ、そうなんだね。私もラノベ好きなんだよね。ちょっと驚いた?」


 その笑顔は、普段の真剣な表情とは打って変わって無邪気で普通の女子高生のようだった。

 幸村は思わず目を丸くした。


「え? そうなの? 委員長がラノベって、なんか意外だな」

「私だって普通の高校生だよ? ラノベくらいは読むよ」


 美波が軽く頬を膨らませ、笑いながら反論する。

 そのやり取りが、どこか温かい空気を作り出していた。

 二人は靴を履き終えると、校門へと向かったのだ。




 校門を出た頃には、辺りはすっかり薄暗くなり、通学路の街灯がオレンジ色の光を放っていた。

 どこかノスタルジックな雰囲気が漂う中、幸村と美波は並んで歩き始めた。


 普段はそこまで口数の多くない幸村だが、美波と過ごす時間は、思った以上に心を軽くしてくれることに気づいていた。

 二人がこうして親しくなれたのは、共通の悩みがあったからである。

 それは、達哉を巡る問題だ。


 達哉は、幸村の幼馴染である那月や純恋と親密な関係にあるという噂がある。

 現に、幼馴染たちの様子が変わっていく姿を目にすると、幸村はどこか寂しさを感じていた。

 一方、美波は双子の兄である達哉の裏の顔を知る者として、彼の行動を止めたいと考えていたのだ。


「進藤くん、巻き込んじゃってごめんね。これから、ちょっとややこしいことになるかもしれないけど……」


 美波の言葉に、幸村は小さく笑って首を振った。


「気にしないで。俺も、那月や純恋のことを放っておけないから」


 その声には、控えめながらも確かな決意が宿っていた。

 達哉を巡る問題は複雑で、簡単には解決しないかもしれない。

 それでも、美波と一緒なら、なんとかなる気がしていた。


 二人はしばらく黙って歩き続けた。

 街灯の光が二人の影を長く伸ばし、静かな通学路に響く足音が心地よいリズムを刻む。すると、ふいに美波が立ち止まった。


「ねえ、進藤くん」

「どうしたの?」


 幸村が振り返ると、美波は少し視線を落とし、言葉を選ぶように口を開いた。


「もし、今、付き合ってる人がいないなら……週末、ちょっと一緒に過ごしてみない?」


 その言葉に、幸村の頭は一瞬真っ白になった。

 心臓がドクンと高鳴り、言葉がうまく出てこない。


「え、えっと……それって、どういう……?」


 動揺する幸村に、美波は頬をほんのり染めながら、照れ笑いを浮かべた。


「ほら、これから達哉のこととかで一緒に動くことも多いでしょ? それに、私、恋愛とかあんまり経験なくて……だから、進藤君ともっと仲良くなれたらなって。ね、趣味も合いそうだし」


 美波の声には、ほのかな緊張が混じっていた。

 それでも、彼女の真っ直ぐな気持ちが幸村の胸に響いた。

 心の奥で小さな火花が弾けるような感覚が広がる。

 薄暗さの中、街頭の明かりで美波の笑顔がひときわ温かく輝いて見えたのだ。


「……うん、いいよ」


 幸村の短い答えに、美波の顔がぱっと花開くように明るくなった。


「ほんと? じゃあ、決まりだね!」


 その声には、弾けるような明るさが宿っていた。

 薄暗い通学路を歩く二人の間に、新しい絆が生まれた瞬間だった。

 どんな困難が待ち受けていても、二人でなら乗り越えられる――そんな確信が、静かに、だが確かに二人の心に芽生えていたのだった。

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