第九話 悪魔的

■■

 治った青茸の人々は、研究所にて粛々と生活していた。


 すでに研究所内でも出ていたテーマだった。


 斑点がなくなった元青茸達をどうするか。


 ひとまず研究は続行、但し研究所の敷地内に仮設住宅を設置、そこで暮らしながら協力してもらっている――という形に落ち着いている。



■■

 世間は――――




 暗い室内。二人の影。ひそひそと――話す。


「何故そんな事が、わかる?」


「私が、手を回したからだよ――」


「お前……? 何を、考えている?」


「私はを成就させたい。その為に」



 その為、には―― 



■■

 所長に呼び出された。


 僕は最早忙しい。

 チームの長として毎日様々な報告の取りまとめから、被験者の喧嘩仲裁までなんでもござれだ。


 あの子とは、なかなか会えない。 


 報告は聞いているが。斑点は停滞期なのか――はっきりと減りはしないが増えもしない、と。

 


「今日はどうされましたか?」

 そろそろ、また来年度の予算が降りる頃だ。もしかしてその件だろうか。


「来年度予算だが――」


 ほらきた。よしよし、研究はうまくいっている。このまま、研究続行で――



「降りそうにない」 



 え

 


「――なにゆえ、でしょうか」


 何故。学会にも認められて。世間にも、賛否はあるが、受け入れる意見も散見される。何より、のだ。驚きで――怒りで――? 

 拳がわなわなと、震えるのを感じる。


「青茸の治療法が見つかったのは私達にとって喜ばしい事だ。しかし、いいこと、と受け止める人ばかりじゃない」


 淡々と、言った。



 ――青茸とそうでない人が交じると、世の中が混乱する。


 それが政府の出した結論だ――




 所長は、そう告げた。



「だから?」

 

「だから――収容所に隔離続行だそうだ」 

 

 だから――なんだってんだ! 畜生!

 

「青茸に対する差別が根強いのだ、青茸が治るという概念に人々がついていけてない。我々の研究は、人々を惑わす悪魔的研究扱いだ」


 そんな……ことって!


「▲▲▲さんを始め、治療が終わっていない患者達が大勢いるんです! せめて、研究だけでも続けさせて下さい!」

 ここで終わりたくない――僕は食い下がった。


「ここではもう、ね」


 もしや……

「どうゆうことですか」

「軽症で治った人が増えてきた。予算が厳しい……ここの設備を維持できない」


 だから、予算の増額が必要……だったのにッ


「代わりに元気になった人を集めて収容する、新しい収容所を用意する予定だ」 


「隔離の隔離ですか……」


 なんと、皮肉な。


「……仕方なかろう」


 そして、所長は――決定的な一言を言った。


「来年度予算が付かなかったら――研究は凍結だ」


 冷酷な――ことば。




 僕は説いた。

「研究は資産です。悪魔的と罵られようと、未来の役に立つかもしれない。何より、今までの研究を棒に降る気ですか。今までの努力を――」


「そのとおり、愚かな結論だよ。だが、どうすることもできない」


 所長はあくまで、事務的に言った。その表情からは、心情を伺い知る事はできない――


 駄目だ。ここで、この研究を終わらせては。これでは過去に逆戻りだ。 

 

 青茸たちに未来を示せたのに……また、未来がない時代に、戻ってしまう。


 なにより。なにより―― 


「あの子だけでも――研究を継続させてほしい」



 すがりつくような目で――見る。しかし所長は。 

 


「無理だ」

 冷徹、そう感じさせる。硬い、口調――


 そんな、簡単に――

「私情でいいと、おっしゃったじゃないですか!」


 次第に声が大きくなる。簡単に、言わないで欲しい……。



 あの子を、どうかあの子、を。


「……わかった。あの子は助けてやる。だが。ひとつ、条件がある」



 え……? たすか、る……?



「私にもやりたい研究がある。それに協力してくれたなら……」



 たすかる、のか……? なら。



「やります! やらせて下さい……! その研究とは?」



 その研究とは。


  


 青茸を――「健康な人に食べさせたらどうなるか」という実験だった……



 

 ボクは思い出していた。昔画策したあの計画のことを。


 あの子を逃がす――ボクと逃げる――。


 もう、とは違う。


 夢想する。回復したあの子と手に手をとって歩く。



 しかし、それは……………………



■■

 ――おぞましい。

 


 所長の計画。それこそ、

 悪魔的じゃあ、ないか……?

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