第11話 空き家の怪異、或いは顔にまつわる怪異

出典:【恐怖の空き家特集】

媒体:某オカルト雑誌ネット記事

掲載年月日:2017年4月14日

※本人の特定につながるような固有名詞については訂正している。



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【実話怪異】市の調査員が語った「御札だらけの空き家」──封印された部屋と、叫び声の夜

聞き取り記録より再構成/文・編集部

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空き家の調査に携わる市の委託職員が、業務中に“異常な現象”に遭遇した──。

これは、ある地方都市で実際に起きた出来事を、調査員本人からの聞き取りをもとに再構成したものである。

現場に記録映像は残されていない。だが、語られた内容はあまりにも具体的で、そして、あまりにも静かに恐ろしかった。


調査対象となったのは、築数十年の木造住宅。

市の空き家管理事業の一環として、複数の調査班が派遣され、家屋の状態を確認することになった。

その中で、担当した物件で、異変は起きた。


御札で覆われた部屋。

獣のような叫び声。

そして、取り壊された家の跡地には、今では何も残っていない。


「正直、あれ以上は無理でした」

そう語った調査員の表情は、終始硬かった。


以下に記すのは、彼の証言をもとに編集部が再構成した現場の記録である。

読者諸氏には、ぜひ最後まで読んでいただきたい。

この話が、ただの“空き家怪談”ではないことに気づくはずだ。




―――――――――――

 ……あの札を見つけたのは、T市内の空き家の調査中でした。

 倒壊の危険があるということで、地域の防災ボランティアで内部確認をしていたんです。


 外観は、もう家というより“殻”でした。

 塗装は剥がれ、窓は板で塞がれていて、庭には誰かが置いたらしい鳥居のような木枠の残骸が倒れていました。

 玄関まで等間隔に配置された飛び石は所々割れて、雑草が生い茂っており私たちボランティアは、草をかき分けながら2mほど進み玄関までたどり着きました。

 玄関までたどり着き、長年閉ざされていた玄関扉を引くと、錆びた蝶番が悲鳴のような軋みを上げ、内側からはまるでバックファイアのように、濁ったホコリの塊が外気に押し出されてきました。

 私はそれに反射的に顔を背け、手で空気を払うようにして中へと足を踏み入れました。



 ―――――――――――


 やはり、中は荒れ果てていました。

 空気は重く、カビと腐敗の臭いが鼻を突き、喉の奥にざらついた違和感をおぼえるほどでしたし、壁紙は縁から剥がれ、垂れ下がった端が風に揺れていました。

 黒ずんだ天井は、まるで何かが這い回った痕跡のようでした。



 私たちは空き家の状態をくまなく調べるため、二人一組で内部を探索することにしました。

 私たちの班は二階を担当することになり、軋む階段を一段ずつ慎重に踏みしめながら、上階へと向かいました。

 手すりはぐらつき、踏板の一部は腐食していて、体重をかけるのがためらわれるほどで、調査を引き受けたことをこの時点で既に後悔していました。



 二階は主寝室、書斎、客間、子供部屋、トイレで構成されていました。

 そして、どの部屋にも寝具や子どものおもちゃなどが残されており、まるで先ほどまで誰かが住んでいたかのような状態でした。


 まず主寝室には、布団が敷かれたままのベッドがあり、枕元には読みかけの文庫本が置かれていましたし、書斎の机には開いたままの手帳と転がったペンがあり、壁に掛けられたカレンダーは数年前のある日付で止まっていました。


 また客間には、湯呑みが並んだ茶卓がそのまま残されており、中には干からびた茶葉がこびりついていました。

 子供部屋も、色褪せたぬいぐるみやプラスチック製の玩具が床に散乱しており、壁にはクレヨンで描かれた落書きが残ってました。


 さらにトイレも確認しましたが、便座の蓋は開け放たれ、洗面台には使いかけの歯ブラシが転がっていました。


 こうして一通り見て回ると、どの部屋にも「今すぐにでも誰かが戻ってくる」ような気配が漂っていましたが、それとは同時に「決して戻ってこない」という確信を伴った不気味さがありました。



 私たちが2階の全ての部屋を見終わって階段を降りようとしていたら、階下から1階を調査していた2人が私たちを呼ぶ声がしました。



 ―――――――――――



 私たちが調査を終え1階に向かうと、1階を調査していた班のメンバーが、長く続く廊下の端で開いた扉の先をじっと見つめながら、無言で手招きをしていました。

「どうしたんだろう」と思いながら近づくと、「この部屋を見てほしい」と懐中電灯で室内を照らして見せました。


 その部屋は、他の部屋とは明らかに様子が異なっていました。

 埃っぽさがまるでなく、畳も壁も清潔に保たれて、家具も整然としており、まるで今でも誰かが住んでいるかのような印象を受けました。

 


 しかしながら、一点だけ不気味な特徴ありました。


 六畳間の壁全面に、びっしりと御札が貼られていたんです。

 白地に黒い文字で、何かの呪文のような文言が並んでおり、貼り方も不自然で、端がめくれているものが多く見受けられました。


 風もないのに、紙片がわずかに揺れているように見えたのは、気のせいだったのでしょうか。


 その場にいた全員が、言葉にはしませんでしたが、「これは一体何なのか」と感じていたと思います。



 なお、事前に近隣住民への聞き込み調査は行っておりましたが、住人が変わった人物であったとか、宗教的な傾倒があったといった話は一切出て来ませんでした。

 それにもかかわらず、目の前には御札だらけの部屋が存在していたのです。


 市からの依頼で調査に来ている以上、報告義務も生じますので見過ごすわけにはいきません。

 私たちは意を決して、4人で部屋の中へと足を踏み入れました。


 室内には、子供部屋のような雰囲気がありました。

 小さな机、絵本、ぬいぐるみのようなものも置かれておりましたが、直感的に「子供が使っていた部屋」とは思えませんでした。

 説明しづらいのですが、何かが違う、何かがずれている、そんな印象を受けたのです。


 そして、壁の一角に、わずかに盛り上がった箇所があることに気づきました。

 御札はその膨らみを覆うように貼られており、まるで何かを封じ込めるために意図的に施されたように見えました。

 同行者が軽く叩いたところ、鈍い音が返ってきました。壁の裏に空洞があるようでした。


 記録用に部屋全体と御札の配置を撮影した後、私たちは慎重に、その一枚を剥がすことにいたしました。


 指先で端をつまみ、ゆっくりと引き剥がします。

 紙が乾いた音を立てて裂け、壁に貼りついていた部分がわずかに抵抗を見せました。

 その瞬間、部屋の空気が変わったように感じられました。

 それまで淀んでいた空気が、まるで深い井戸の底から吹き上がるように、冷たく湿った気配を帯びて流れ込んできたのです。

 背後で、誰かが小さく息を呑む音が聞こえました。


 御札の下から現れたのは、木板で塞がれた小さな開口部でした。

 板の隙間からは、かすかに鉄のような匂いを含んだ風が漏れ出していました。




 その直後、二階から突然、叫び声が響きました。

 それは獣のようでもあり、人間の女性のようでもあり、言葉では形容しがたい異様な声でした。

 叫び声は短く鋭く、しかし耳に残るほどの音量で、壁を通してもはっきりと聞き取れるほどでした。


 私たちは、突然の異音に警戒ししゃがみこみあたりを見回しました。


 すると突然、ゆっくりと歩く足音が聞こえてきました。

 階段の上から、一歩ずつ踏みしめるような音が、床板の軋みとともに響いてきました。


 誰かが、確実にこちらへ向かって歩いていると直観的に感じ、私たちは顔を見合わせ、言葉を交わすことなく、ほぼ同時に動き出し、懐中電灯を手に、廊下を駆け抜け、すぐ近くの玄関へと向かいました。

 足元の畳は沈み、床板は軋みましたが、誰も気にする余裕はありませんでした。


 玄関までは十数歩ほどの距離でしたが、異様なほど長く感じ、扉に手をかけると、錆びた蝶番が再び悲鳴のような音を立て開きました。


 外気が流れ込み、ようやく外の空気を吸った瞬間、誰かが「閉めろ!」と叫びました。

 私たちは全員が外に出たことを確認し、扉を強く引いて閉じました。


 その後、しばらく誰も口を開きませんでした。

 ただ、全員が息を切らしながら、玄関前の石段に腰を下ろし、背後の静まり返った家屋を見つめていました。




 ―――――――――――


 その後、私たちは現場からの退避を優先し、調査を一時中断いたしました。

 班長の判断により、即日、市の担当部署へ報告書を提出し、現場で確認された異常事態について詳細に記録を残しました。


 報告の中で、私たちは「これ以上の調査は困難である」との見解を明確に伝えました。

 安全上の懸念、ならびに精神的影響の可能性を鑑み、現場への再立ち入りは控えるべきであると判断したためです。


 その後、あの空き家が再び調査されたのかどうか、私たちの耳には情報が届いておりません。

 市の内部でどのような判断が下されたのか、詳細は不明です。


 ただ、数ヶ月後に現地を通りかかった際、あの家はすでに取り壊されておりました。

 更地となったその場所には、雑草が生い茂り、かつてそこに家があったことを示す痕跡は、ほとんど残されておりませんでした。


 まるで、最初から何もなかったかのように。


[構成要素]:空き家、御札、怪異存在、悲鳴、廃屋



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