第10話 写真館

 朝起きた俺は、布団の上でスマホの画面と睨めっこしていた。画面にはまたしてもお祈りメールの文面。また落ちたか……。なんでこうも俺は面接に弱いんだろなあ。

 まあ理由は分かってんだけど。このデカい体と厳つい顔。毎回これでビビられるからな。


「はあ……。どうしたらいいんだろなあ」


 メールを閉じてなんとなくSNSを眺める。するとどこかの写真館の広告が流れてきた。


「写真か……。確かに、履歴書の写真変えたら印象も多少マシになるかもな」


 予約状況を見てみると、流石平日。スカスカだ。これは履歴書の写真を変えろって合図だろ。行くしかねえな。


 スマホで予約を取り、スーツに着替えた俺は、早速写真館へと足を向けた。


「ここか。緊張すんな……。よっし、気合い入れて入るぞ」


 ドアを開けて中に入ると、元気な女の声が俺を出迎えた。


「いらっしゃい加齢〜! ワシはもう寿命じゃわい!」


「急に老けんな! 玉手箱でももらったのかよ! ……って心音!? お前こんなとこにもいんのかよ!」


 俺の目の前にいたのは、ベレー帽を被った満面の笑みの心音。首からカメラを下げ、カチカチとレンズを調整している。


「やっほやっほ健人先輩! 今日も家々を踏み潰して来た?」


「そこまでデカくねえわ! 災害か俺は!」


「タイ米?」


「言ってねえわ! 何お前ガパオライスでも作んの!?」


「あ、ガパオライス作る? いいよ、食材用意するね」


「手際良く始めようとすんな! ちょ、いいから早く案内しろよ」


 俺がそう言うと、心音は目を丸くする。なんだよ、俺が写真撮りに来ちゃいけねえのかよ。


「健人先輩、もう撮るの?」


「もうって何だよもうって。別に写真に早いも遅いもねえだろ」


「いや……遺影撮るのはまだ早いよ?」


「誰が遺影っつったよ! まだ葬式挙げねえわ!」


「あ、2回忌の方?」


「なんで死んでから2年経ってんだよ! 勝手に俺の命を奪うな!」


「お会計はお命でよろしかったですか?」


「よろしくねえよ! なんとか葬式にしようとすんな!」


「こちらへどうぞー!」


「聞けや!」


 唐突に心音は俺をスタジオに案内する。白い背景に光が当てられたスタジオは、まさに写真館という感じだ。ここで撮んのか。また緊張してきたな。


「じゃー撮るよー! 鏡で身だしなみ整えてね!」


「え? お前が撮んの? プロの人は?」


「今休憩中! 私しかいないから私が撮ってあげるよ!」


「ええ嫌だろ……。金払うんだからちゃんとプロに撮ってもらいてえよ」


「大丈夫! 私も資格持ってるからプロみたいなもんだよ!」


「え、お前資格持ってんの? てかカメラマンに資格とか要るっけか?」


「資格持ってるよ! 英検3級!」


「何の関係もねえ資格だった! しかもお前3級って! 自慢にすらなんねえじゃねえか!」


「スペイン語検定2級も持ってるよ!」


「なんでスペイン語の方が得意なんだよ! どっちにしろ写真に関係ねえだろ!」


 そんなことを言いながら、心音はカメラの準備を始める。おいおいまじで撮んのか? 心音のカメラの腕前なんか信用できねえんだけども。


「で、今日は何の写真撮るの? 靴?」


「いや俺靴屋じゃねえから! サイトに載せる用の靴撮らねえよ!?」


「え、じゃあまさか健人先輩の写真撮るの!?」


「そりゃそうだろ。じゃなかったら来ねえわ」


「嘘でしょ!? 指名手配でもされたの!?」


「されてねえわ! どこの指名手配犯が自らポスターの写真撮られに来んだよ!」


「じゃあ何の写真なの? 他にある?」


「あるわ! 履歴書の写真撮りに来たんだよ!」


 俺がそう言うと、心音はきょとんとした顔で俺の顔を見る。なんだよ。俺の顔に何か付いてんのか?


「履歴書の写真って……。健人先輩、履歴書無しで就活してたの?」


「んなわけあるか! いやいつも顔が怖いだのデカくて怖いだの言われるから、せめて写真だけでもいいもんに撮り直そうと思ったんだよ」


「ああなるほどね! おっけー! 私に任しといて! じゃ、そこに立ってね!」


 心音に指示された通りの場所に立つと、照明が俺を照らす。


「早速撮っていくよー! 38×64はー?」


「2432ー! いやなんだこれ! 結果的に2の口にはなってるけど!」


「凄いね暗算! 頭にレジでも入ってる?」


「せめて計算機だろ! なんで金の計算しかさせねえんだよ!」


「もっともっと笑顔でいくよー!」


「いやそもそも履歴書でめっちゃ笑ってちゃダメだろ! 真面目に写らせてくれよ!」


「ああそれもそうだね! じゃあ真面目な顔にしてあげる! ハムスターは1日に何キロメートル走るでしょう?」


「えーと……。いや分かんねえわ! なんだその謎のクイズは!」


 俺が唾を飛ばしてツッコミを入れている中、心音は満足げにカメラをチェックしている。


「おい、どうしたんだよ」


「健人先輩、いいのが撮れたよ! これなら履歴書もバッチリ!」


「ほんとか!? そりゃ助かる、見せてくれよ」


「はい! 私の腕前に驚愕してよね!」


 心音が自慢げに見せてきたカメラには、俺がツッコミを入れる顔が写っていた。


「いやこんな怒り顔履歴書に貼れるか!」


「ええー? いいと思ったんだけどなあ。健人先輩の怖さがよく出てると思うよ!」


「怖さ出してどうすんだよ! もっと柔らかい雰囲気をだな」


「無理言わないのー! はい、お会計5000円ね!」


「今回は普通なんだな……。てかこれ満足してねえんだけど! 金ちゃんと取んの!?」


「お写真にストローはお付けしますか?」


「付けねえよ! お前そのボケ好きだな!?」


 何故か満足そうな笑顔の心音に見送られ、俺は写真館を出た。なんだよこれ……。金払って怒り顔撮られただけじゃねえか。

 はあ……。なんで心音はいつも俺の行先知ってんだ。


 肩を落としながら帰宅すると、心音からメッセージが来ていた。残っていた俺の写真データを社員に見られてクビになったそうだ。

 うん、ちょっとスッキリしたな。

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