第11話 焼肉屋

「な……な……なんだと……」


 俺のスマホの画面には、『一次選考通過』の文字。これは現実か? 何度も目を擦って画面を見るも、文字は変わらない。


 は、初めてだ……。初めて一次面接を通過したぞ! なんだ、ちゃんと俺の内面を見てくれる企業もあるんじゃないか! ここまで頑張ってきて良かった……。


 胸に熱い感情が込み上げてくる。このまま内定まで一直線だ! いける! 俺ならいけるぞ! でもとりあえず今夜はお祝いだな。景気良く焼肉でも行くか!


 ルンルン気分の俺は匂いが付いてもいいような服を選び、適当に身支度をして焼肉屋へ向かった。


「おお……! もう美味そうな匂いがするぞ!」


 焼肉屋の前に着くと、腹の虫を刺激する肉の匂い。これからの就活が上手くいくことを願って、そして一次面接通過を祝って、派手に食べ放題してやる!


 焼肉屋に入ると、元気な女の声が俺を出迎えた。


「いらっしゃいませー! 網交換いかがですか?」


「まだ食ってねえよ! なんだ網だけ渡されんのか俺!? ……ってまたお前か」


 俺の目の前には、にやにやしながらトングで網を掴む心音の姿があった。ほんとどこにでもいんなこいつ! もう怖えよ!


「やっほやっほ健人先輩! 焼肉なんて景気良いね! 車にでも轢かれた?」


「慰謝料が入ったわけじゃねえよ! 初めて一次面接に通ったから、お祝いだお祝い」


「え!? 面接通ったの!? あの『ビニール風呂敷の望月』として悪名高い健人先輩が!?」


「どんな悪名なんだよ! ビニール風呂敷で何ができんだ!?」


「そりゃなんかパック寿司持ち帰ったりとか?」


「なんも悪くねえじゃねえか! ちょ、いいから席案内しろお前」


「悪名様ご案内でーす!」


「1名様みたいに言うな! スっと案内しろや!」


 心音に着いてテーブル席まで来る。心音は俺を座らせる前にメニューを渡してきた。


「はい、じゃあこのメニュー音読3回ね!」


「国語の宿題か! なんで俺上カルビとか声に出さなきゃいけねえの!?」


「ちゃんとできたら『仁義』のハンコ押してあげるからね」


「もうちょっとかわいいハンコ押してもらえる!?」


「それで、メニュー決まった?」


「決まるわけねえだろ! まだちゃんと見てもねえわ!」


 ようやく席に座ると、隣や前後の席から肉が焼ける匂いがしてくる。おお、なんかもうワクワクしてきたぞ。


「それではご注文お決まりの頃お伺いいたします。ごゆっくりお選びくださいお決まりですか?」


「決まってねえわ! 今のごゆっくりは何だったんだよ!」


「もーダラダラしないでよね! こっちは忙しいんだから! あと30回はガチャ回さないといけないしね!」


「スマホゲームしてんじゃねえか! 何ヒマなの!?」


「私は忙しいけど、お店自体はヒマだよね」


「じゃあお前がスマホゲームしてるだけだわ! ヒマじゃねえか!」


「それで、注文決まった?」


「だからまだ見てねえって! ああでも、この食べ放題Aコースってのがいいな」


「Aコースだと日中の一定時間のみホテルを利用できるサービスでお間違い無いですか?」


「それAコースじゃなくてデイユースだろ! なんで俺今からホテル行くんだよ!」


 心音はハンディで注文を入力し、再び顔を上げる。


「食べ放題のAコースですね! ドリンクはどうなさいますか?」


「そうだな……。せっかくのお祝いだから、ハイボールとかいっちゃうか」


「ハイボールにストローはお付けしますか?」


「酔っ払うわ! 何1杯目で潰そうとしてんだよ!」


「それではご注文すり替えます! ゴミ箱のホイル蒸しでよろしかったですか?」


「よろしくねえわ! 注文繰り返してもらえる!?」


「それでは火つけさせていただきますね! 偉大なる太陽の力を今ここに! 炎となりて我が手に現れん!」


「魔法で火つけんのやめて!? そこにスイッチあんだろ!」


「ああここにあったんだね! 知らなかったよ!」


「お前今まで全部魔法で火つけてきたの!?」


「それではごゆっくり、旅のひとときをお過ごしください」


「テーマパークのアナウンスか! さっさと肉持って来いよ!」


 心音が去って行って、ようやくひと息つく。なんであいつはあんな騒がしいんだ全く。注文すんのにもひと苦労じゃねえか。ま、今日は好きなだけ肉食えるからな。しっかり食って景気づけだ!


 スマホをいじりながら待っていると、心音がまずドリンクを運んで来る。


「お待たせしましたー! こちらハイボールタワーです!」


「ホストクラブか! 頼んでねえよこんな量!」


「タワーは全てジョッキでできております! 残すとお会計倍になりますのでご注意くださいねー!」


「その時はお前の財布から出させてやるよ。俺頼んでねえもんこんなの」


「ハイボールタワーにストローはお付けしますか?」


「だから付けねえってしつけえな! 飲む前に酔っ払うじゃねえか!」


「ではお肉お持ちしますね! 前菜にオムライスはいかがですか?」


「腹いっぱいになるわ! 早く肉持って来いや!」


 1度引っ込んだ心音だったが、慌てた顔ですぐに戻って来た。なんだ? 何があった?


「健人先輩! ハイボールタワーは飲み切ってからじゃないとお肉出せないんだって!」


「なんでだよ! 腹たぷたぷになんじゃねえか! いや俺これ頼んでねえからさ、何とかならねえの?」


「どうにもなんないみたい! でもライスは出せるみたいだから、なんか隣のお肉の匂いとか嗅いで『ああこれが肉の匂いらしいな』って思いながら食べて?」


「嫌だわ! え、まじで肉出てこねえの!? せっかく食いに来たのに!?」


「そうだね! まさにこの状況、ふたつの意味でにくらしい・・・・・ね!」


「やかましいわ! 上手いこと言ってんじゃねえ!」


 こうして俺はハイボールで腹を満たし、帰宅することとなった。景気づけに失敗した俺は、二次面接で案の定落とされ、心音も無断でハイボールタワーとかいう謎の商品を出したことで焼肉屋をクビになったらしい。

 誰も得してねえじゃねえか!

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