17話 1章 ~円卓会議~ - 01


 数分後。

 円卓の部屋には、11人が集まっており、それぞれの席に座っていた。


 そこで改めて実感する。

 ネズミとウシ――隣り合ったその席に、誰も座っていないという事実に。


 根津アユム。

 牛場タケル。


 彼らはほんの数日前まで生きていたのだ。

 タケルくんに至っては前日には元気な姿を見せていたのに。


「大丈夫、コータ?」


 隣の席のユウリくんが顔を覗き込んでくる。


「うん。ありがとう」


 彼が隣にいるのはある意味心強い。


「これから誰がタケルくんを殺したかを議論する会議が始まるもんね。しっかりしないと」

「だねー。誰が犯人か、きっちりと議論で暴き出そうねー。頑張ろうー。おー」


 拳を上に突き出したユウリくん。

 彼は数秒後、それをゆっくりと下ろすと、真剣な表情で僕を見て来た。


「ねえ、コータ。この議論だけど、間違ったことがあったり、おかしいと思うことがあったら、ちゃんと口に出した方がいいともうよ。言いにくいと思うけどさ」

「あ、うん。そうだね。『判定役』だし、そこはやらなきゃね。……でも、不安なんだ」


 僕は正直な気持ちを吐露する。


「何がおかしいとか間違っているとか、そういうの、本当に分かるのかな、って思ってるんだ。自信が無いんだよ」

「大丈夫だよ。誰だって同じだよ。その気持ちは」

「ユウリくんも?」

「まあね。不安な気持ちでいっぱいさ」


 ユウリくんは、胸を張ってそう言う。

 どう見てもそうは見えなかった。


「それにユウリがコータをサポートするからね。なんかおかしいなー、ってところがあったらユウリに教えるからね」

「ありがとう。それは助かる……って、それってユウリくんの『能力』で分かったことを伝える、ってだけじゃないの?」

「……うん。そういうのだよー、コータ」


 否定も肯定もしなかったが、眼が泳いでいるのでそうなんだろうな。

 でも、彼の『能力』ならば、サポートには絶対になるのだろう。

 違和感などを見つける能力なのだから。


「あのー、そろそろ円卓会議を始めてもよろしいでしょうか?」


 クウギョが中央で僕達に言葉を投げる。


「あ、うん。いいよー」 

「ありがとうございます。では」


 コホン、とわざとらしく咳をしたような発声をして、クウギョはヒレを広げた。


「それでは、これから円卓会議を始めます。まずルールのおさらいから致しますね。

 これから皆様には牛場タケル様を殺害した人物が誰なのか、議論してもらいます。

 議論の末、犯人だと思われる方に、お手元の電子機器の投票機能を使って入れていただきます。

 最多投票の方が犯人でなければ、殺人を犯した方が見事、この宴の勝者となり、神様になっていただきます。

 しかしながら最多投票が犯人の方であれば、その方は処刑されます。

 もし同数であれば、猫泉様が入れた方が、最終的に選択された方になります」


「あー、そういえば聞くのを忘れていたんだけどさ」


 と、そこでサイくんが手を上げる。


「それ、猫泉が入れた先が最多投票じゃない……例えば443って形で投票が分かれた時に、3に猫泉が投票していた場合はどうなるんだ?」

「その場合はそうですね。猫泉様だけ、再投票していただきます」

「ふむふむ。成程。じゃあなおさら、猫泉に媚びを売った方が生き残る確率は上がる、ってことだな、犯人は」


 サイくんが口の端を上げて僕を見て来る。

 と、同時に、僕は再度認識する。


 判定役、という重みを。


 体が思わずぶるりと震える。


「大丈夫だよ、コータ。あんまり気負わずにね」

「ユウリくん……」

「お、早速媚びを売ったな。お前が犯人か、猪瀬?」

「べー。犯人って言った方が犯人なんですー」


 ユウリくんが舌を出すと、サイくんは


「はっはっは。じゃあ今から犯人って言葉を出したやつみんな犯人だな」


 と意にも介さない様子で笑った。

 このことからも分かるが、ユウリくんには冗談で言ったのだろう。


「さて、質問も以上のようですし、早速円卓会議を始めてください」


 クウギョはそう言うと、その場から離れてどこかへ行ってしまった。


 残された僕達に訪れたのは、静寂だった。

 誰も何も言葉を発しない。

 無言の時間が続き、我慢できなくなった者が声を発する。


「ど、どうするんですか、これ?」

「ヒナタっち、言い出しっぺの法則っすよ」

「え、ええ!?」

「急に言われても出てこないだろう、酷だぞ」

「ふむ。じゃあ俺が最初の議題を提供しようか」


 いくつものサイコロを片手でカチャカチャ鳴らしながら、サイくんが議論に火をつけた。


「まずは牛場の死体の状況について、みんなで認識を合わせよう」

「あ……自分は実はタケルさんの死体は見られていないんですよね。教えてください」

「えっと、タケルっちは舞台の上で死んでいたっすよね」

「そうだね。タケル君は舞台の上で首にロープを巻かれた状態で発見されていたね」

「あ、ロープが巻かれていたといってもおれが犯人じゃないよ」

「ということは、タケルさんの死因は、そのロープで首を絞められたことなんですね」

「ぼ、ぼくも死体は見れていないんだけど、でもそうだったらタケルくんの首にロープを掛けられるほど身長が高い人が犯人、ってことなのかな」

「昔あった時代劇みたいなやつで、背の低い者も首を吊らせることはしていたからそうじゃないと思うぞ、兎沢」

「じゃあ犯人はまだ分からないってことなんだね」


 タケルくんの死体の状況はみんなが語っている通りだ。

 

「ねえ、コータ。今の発言の中で、何かおかしい所があったよね?」

「おかしい所?」

「そう。そこをきちんと指摘してあげようよ。知らないで言っているだけかもしれないからさ」

「分かった」


 先の発言を思い出す。


「ちょっと待って」


 おかしい所は、確かにあった。


「ヒナタくん、君は確か『タケルくんの死因はロープで首を絞められたこと』って言ったよね」

「そうですよ。だって首にロープが掛かっていたじゃないですか」

「確かにロープは掛かっていたけど、でもそれは文字通り単に掛かっていただけなんだ。そうだよね、ジンくん?」


 僕は話を振ると、ジンくんは頷いた。


「確かにそうだ。牛場タケルは首を絞められて殺されたわけではない。遺体の様子を見ればそれは分かる」

「じゃ、じゃああのロープは一体何なの?」

「恐らくあれは……」


 現場検証時にジンくんと行った会話を思い出す。


「舞台上にタケルくんの身体を運ぶために使ったんだよ。ほら、体育館には引き摺った跡もあるし、舞台上に引っ張り上げるのも、タケルくんの身体が大きいから難しかっただろうからね」

「そうなんだ」

「ちょ、ちょっと待ってよ、ユーリさん!」


 マシロくんが声を挟む。


「だったらタケルさんの死因は一体何なの?」

「撲殺だよ。後頭部を誰かにガツンとやられたんだ」

「あー、隣でジンとユーリの会話を聞いていたから、そのことは保証できるぜ」


 ケンタロウくんが手を上げる。


「ついでに言うと、タケルが死んだのは死体発見から1~2時間前ではなく、もっと前の方、少なくとも5~6時間は経っているってのも言ってたな。なあ、ジン?」

「その通りだ。正確な時刻は分からないが、まあ、そんなところであるのは間違いない」

「っていうか、死因も含めてお前は全て分かってたんだから言えよ」


 それはそうだ。

 ジンくんはモノクルに手を添えながら口を開く。


「それよりも、私は犯人を見極めていたのだよ、虎賀ケンタロウ。死体の情報を正確に知っているのは全員ではないのは把握していたし、その状態で詳しく状況を知っている者がそれ以外にいたら、間違いなく私はそいつを犯人であると見抜けるからね」

「はー、そういうことか。で、いたんか?」

「残念ながら今回の犯人は賢いようだ。まだ不明だ」


 ジンくんは肩を竦める。


「ということで、続いての話題は私から提供しよう。牛場タケルの殺害方法についての詳細だ」

「ん? 撲殺ってさっき言ったではないか?」

「そう、撲殺だ、馬目サイ。その方法は何か、ということを議論しようと言っている」

「方法って、殴ったやり方ってことっすよね」

「そ、それは後ろから、ポカン、と殴ったんじゃないのかな?」

「殴ったって言っても、どのような武器で殴ったのだろうか?」

「自分は鉄パイプで後ろからこっそりガツンってやった説を推します」

「鉄パイプなんてあったっけな……電気室や倉庫でおれは見つけられなかったな」

「でもよ、舞台のど真ん中で殴られたんだろ? 後ろからこっそりなんて出来るのか?」

「タケル君が体育館の入り口の方を見ていたら有り得るんじゃないかな? 舞台の裏に隠れていれば」

「だとしたら犯人は背の高い人だよね? あの平坦な舞台上だったら、ぼくやユウリさんはジャンプしても背の高いタケルさんには届かないんだから」

「確かに……あ、でもよ台座があったらどうよ?」

「あの開けた空間に台座を持ってきて後ろからこっそり殴る、なんて真似が出来るなら他の方法を取るだろうな、虎賀ケンタロウ」


「うーん、なんか舞台上にタケルくんが死んでいたからそんな話になっているけど、そうなんだっけー?」


「いや、違うよ」


 矛盾点を僕は突き付ける。


「ケンタロウくん、タケルくんが殴られたと思われる場所は、舞台上じゃないんだよ」

「え? そうなん?」

「……虎賀ケンタロウ、私と猫泉コータが死体検分していた時に話していたことを聞いていなかったのか?」

「あー、そうなのか? ……すまん。死体を前にしてちょっと意識飛んでいたのかもしれん」

「全く……」

「あのユーリさん、タケルさんは結局どこで殴られたのですか?」


「それは……ヒナタくん、君が体育館に入ってうずくまっていたあの場所――地下への階段から左側の入り口の目の前の所だよ」


「え……? あそこなの……?」

「あー、確かに、血だまりがあったっすからね」

「そこでタケルクンが誰かに後頭部を殴られた、ってことなんだね」

「うん。そしてロープで引き摺られて舞台に乗せられた、ていうことなんだよ」

「でも、なんで舞台の上にタケルクンの死体を持っていったんだろう?」


 ナギサくんが疑問の声を上げると、


「多分ねー、偽装をしたかったんじゃないかなー。後頭部を殴打された場所を舞台上にしたかったんだよー」


(体育館の入り口にしたくなかった理由? それって何だろう?)


 思い当たるとしては、ただ一つ。


「もしかして……凶器を隠したかった、ってことなのかな?」

「凶器を? ってまだ凶器が何か分かっていないっすよね」

「猫泉、まさか凶器が分かっているのか?」

「うん。多分あれだと思う」


 僕は指し示す。


「体育館の上の足場にあったスポットライトだよ」

「スポットライト!?」

「あんなもんが凶器になるの!?」

「いや、確かに、あそこから落としたらタケルでも一発だろうけど……でも、凶器は本当にそれなんか?」

「それは合っているよー。見てみてー」


 ユウリくんがスマホを取り出す。


「スポットライトの下部の写真だよー。ほら。黒いのべったりついているでしょ? これ、血だよ」

「血!?」

「確かにそのようだな。現物を見てはいないが、酸化して変色した血に見える」


 皆がユウリくんのスマホを回しながら確認する。

 ジンくんのお墨付きも貰ったし、これに血が付いているのはみんな納得してくれるだろう。 


「これを頭の上に落として、でも、その後、どうやって元の場所に戻したんだ?」


 ツバメくんが首を捻る。

 だが、その答えを僕は知っているはずだ。


「スポットライトには配線が付属しているから、それを使って引き上げればいいんだよ」

「なるほど。それならばあの重そうなスポットライトを背負いながら舞台裏の梯子を使って戻す、なんて真似はしなくていいんだな」

「まあ、配線を使って引っ張り上げるのも結構な労力が要りそうだけどな」


 サイくんがうんと頷く。


「で、凶器は分かった。場所も舞台上ではなく、体育館の入り口前であることも。だが、これによって分かることはなんだ? 犯人が偽装しようとしたことは何だ?」


 偽装しようとしたものが何か。

 それって一体……


「んー、コータ。なんか困ってそうだけど、多分、逆に考えた方がいいんじゃないかな?」

「逆?」

「なにがってのは分からないけど、そんな風に考えてみてよ」


 逆に考える。

 偽装しなければならなかったのではなく、舞台上だと偽装することで何かが生じた。

 そう考えてみれば一つの事実が浮かび上がる。


「舞台で後頭部を殴られた、となると、背の高い人物が犯人であると思われることになる。だって高低差なんて舞台上にはないのだから。ならばこの事実は――誰もが犯行が出来る、という事実を示しているんだ」

「ということは、猪瀬の言う通りに逆に言えば――」


 サイくんがトランプを二枚投げる。

 それは2人の目の前に落ちた。


「背の低い者――つまり、兎沢と猪瀬が偽装することでメリットが生じる、ということだな」

「ぼ、ぼく!?」

「あー、確かにユウリもそうだよね。でもよく考えてみてよ、サイ」

「なんだ?」

「もしユウリが犯人だったら、スポットライトの情報なんか伝えないよね? 凶器の居場所を、犯人は隠したかったんだから」

「一理あるな。じゃあ兎沢か?」

「ち、違うよ!」

「なんてな」


 サイくんは、ふっと笑う。


「そう思わせるために敢えて先に言った、って考えもあるよな」

「あー、そうだねー。でも逆に言えば、ユウリとマシロに疑いが掛かるように、偽装工作を行った、って話もあるよねー」


 ユウリくんもにっこりと返す。


「ふん。確かにな。どっちが正しいか、に賭けるのは分が悪すぎるな。偽装について深く考えるとドツボかもしれない。これ以上この話を続けても平行線だな」

「だねー。でもさー」


 ユウリくんが笑顔のままで続ける。


「しょーじき、サイはユウリ達のことを疑ってはいなかったでしょ?」

「え……?」

「あー、なんだ。分かってたのか」

「なんとなくだったけどねー」


 ユウリくんの方は恐らく『能力』で分かったのだろう。


「まあ、でも、猪瀬と兎沢を全く疑ってないわけじゃないぞ。ただ、もっと怪しい奴がいる、ってだけだ」

「えー、それって誰の事ー?」

「待て待て。言ってもいいが、俺達だけで話していてもしょうがないから、ここは同じく『当たり』を付けているだろう奴に聞こうじゃないか。

 なあ――羊谷」


「え? そうなの、ジンくん?」


 サイくんに名指しされたジンくんは、顎に手を当てながら頷いた。


「先にも述べた通り、私は誰かがボロを出さないかずっと観察していた。だが、認識が異なっているような発言をする人は何人かいたが、ボロを出す、ところまでは誰一人いなかった」

「え? なら誰が怪しいのか分からないってこと?」

「いいや。逆に考えてみれば、怪しい人はいるのだ、猫泉コータ」

「逆に?」

「ボロを出さないのは何故か、と考えた時に、犯人が賢いから、と私は考えた。だがそもそもの話、発言をしなければボロなんて出ないのだ」

「それは、確かにそうだけど……」

「で、ここまでの議論で、一人だけ、一度も発言していない人物がいる」

「え? それって……」


 僕はこれまでの議論について思い返す。

 一度も発言していない人物。


 それに該当する人物の名前を口にする。



「チハヤくん、だよね?」

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