16話 1章 ~捜査編~

 牛場タケルが体育館の舞台上で死んでいた。


 目の前に死体がある現状に脳が追い付いていなかった。

 ガンガン鳴り響くクラシック音楽が非現実感を演出してくる。

 しかしながら死体をずっと見られず、僕は後ろを向いた。


 見えたのは駆け寄ってくるユウリくんと離れたところにうずくまっているヒナタくんの姿。

 あと、ちょうど入ってきたところなのか、ヒナタくんに寄り添っている、ケンタロウくん、マシロくん、サイくんがいた。恐らくは彼らも同じように大音量に起こされ、僕達に遅れてここまで辿り着いたのだろう。

 そんなことをぼーっと考えていたところ、ユウリくんが指を差してくるのに気が付いた。


(一体何だろう……?)


 何やら叫んでいる。

 うるさくてよく聞こえないな。


「――止めて!」


 止める? 何を?

 そこでようやくハッとした。


 音楽だ。


 僕はすぐさま舞台に登り、そして舞台奥にある音響を流す機械の前まで全速力で走り、停止ボタンを押す。


 音楽が止まる。

 ずっと大音量で流されていたのを聞いていたせいか、耳が不思議な感覚に陥る。

 そんな不愉快な感覚に苛まれながら、僕は舞台まで戻る。


 当然、舞台に戻ればあるのは、タケルくんの死体。

 いや、死体と言ってしまったが、まだ息があるのかもしれない。


 ――そんな希望はすぐに打ち砕かれた。


「……死んでいるね」


 舞台に上がったユウリくんがタケルくんの首元に手を当ててそう言った。

 それと同時だった。


『ピーンポーンパーンポーン』


 チャイムが鳴り響く。


『死体が発見されました。場所は体育館になります。その為、全員、体育館に集合してください』


 クウギョの声だ。

 アナウンスの時間的に7時の朝食の合図かと思ったが、死体発見を知らせる放送もあるのか。


 と、そこでどこからかクウギョがふよふよと舞台上に泳ぎ現れる。 


「えー、これから皆様が集まり次第、色々と説明いたしますので、まだ捜査をするのは控えていただくと助かります」

「まー、ここでなんかしたら疑われそうだしねー」


 ユウリくんは手を上げてタケルくんの死体から離れた。


 そして数分後。

 この場にいなかったナギサくん、ジンくん、サスケくん、ツバメくんが体育館に駆け込んできた。

 みんな、舞台の近くまで来てはタケルくんの死体を見て動揺を隠せない様子であった。


「皆様、全員集まりましたね」


 クウギョが死体の上部に浮遊しながら、言葉を続けた。


「牛場タケル様が死体となって発見されました。これより1時間後に『円卓』にて会議を行います。それまでの時間、皆様は牛場様を殺害した犯人についての手掛かりを見つけるなど、捜査を行って下さい。以上になります」


 そう言ってクウギョはまたゆらゆらと浮遊しながら、どこかへと行ってしまった。


 捜査を行う。

 そう言われてもどうしていいのやら分からない。


「1時間は短いな。ここは分散した方がよいのではないか」


 意外といえば意外だが、サイくんが真っ先にそう声を上げた。

 そこに賛同の声をすぐに上げたのは、ジンくんだった。


「確かにそうだな、馬目サイ。私が死体を検死する。なので他の場所を皆は捜索してくれ」

「あ、体育館以外に何か変化があるかもしれないしねー。みんなバラバラに探しに行こうー」


 ユウリくんが手を上げる。


「あ、でも犯人が証拠隠滅を図るかもしれないから、単独行動している人はあやしー、ってなるかもしれないから注意してねー」


 その言葉でほとんどの人は複数人でまとまり、それぞれ証拠探しに散っていった。

 僕は出遅れてしまったので単独になってしまったが、まあ自分が犯人ではないのは自分自身がよく分かっているし、何よりも殺人をするメリットがない唯一の人物なので、周りからも疑われはしないだろう。


 とりあえず僕は調査の為に、タケルくんの死体に近寄った。

 そこにいたのはジンくんと


「うっ……マジで死んでるのな……」


 ケンタロウくんだった。


「ケンタロウくん、大丈夫?」

「大丈夫じゃねえよ、コータ……でも調べなきゃなんねえだろ」


 口元を覆いながらも、ケンタロウくんは死体を直視している。


「一応告げておくが、私も実際の死体を見たのは初めてだぞ、猫泉コータ」

「あ、そうなんだ」

「忘れているかもしれないが、一応、私も普通の高校生なんだぞ」


 そうは言うものの、死体を調べている様子はとても手際がよい。


「よし、こんなもんだな――虎賀ケンタロウ、見張り御苦労」

「うす」


 ああ、ケンタロウくんを残したのは、自分が何か隠蔽しないかどうかを見張らせていたのか。やっぱり頭がいいな。


「ジンくん、何か分かった?」

「ああ、いくつか共有しよう」


 ジンくんは人差し指を立てる。


「まず先に言っておくが、体温と死後硬直具合から、死亡推定時刻はさっきというわけではなさそうだな。大体5時間以上前だろう」

「それって昨日の夜中の間に殺された、ってことか?」

「いや、少なくともここ1、2時間以内ではない、くらいに捉えてくれ。そこまで正確な時間は出せない」


 そういうものなのか、とケンタロウくんが唸る。


「死因だが、簡単に言うと撲殺だな。後頭部に何かで殴られたような跡がある。これが致命傷だな」

「え? じゃあ首に巻いてあったあのロープは?」

「少なくとも、意識がある内に巻き付けられたわけではないのは間違いない。だから運搬用と考えるのが妥当だろうな」

「確かに……ここまで引きずった後があるし、タケルくんを舞台の上まで運ぶのも……」


 自分で口にしていて気が付いた。


「ねえジンくん、タケルくんが死んだ場所ってこの舞台上じゃないよね?」

「その通りだ。ここの出血量が少なすぎる。少なくとも別なところで後頭部を殴られて、ここまで持ってこられたのは間違いないな」


 やはりそうだったか。

 直感でそう思ったが、ジンくんのお墨付きなら間違いないだろう。


「恐らくは、あの入り口の血だまり付近で殴られたと思われる。血の量的にな」

「成程。あれくらいの量が普通はあるはずなんだね」


 これは頭の中できちんとメモしておこう。


「あとはこれだな」


 そう言ってジンくんは何か紙を渡してきた。

 その紙は端っこがところどころ敗れている。


「なにこれ?」

「牛場タケルが握りしめていたものだ」

「え!? これをタケルくんが?」


 僕は紙に目を落とす。


『この紙を拾った方、私と勝負してください。

 私は必ず、あなたと勝負します。

 だから少しお待ちください。

 待っている間・ぼくが誰だか考えてみてください。

 ヒントはこの文章の中にあります。

 さあ、おれが誰だか分かるかな』


「……なにこれ?」

「さあ、私にもさっぱり分からない」

「なになに? オレにも見せて」


 ケンタロウくんに紙を渡したが、数秒後、首を傾げた。やはり彼にも分からなかったのだろう。


「中身などどうでもよいだろう。問題は所々千切れていることだ」

「あ、それ気になった」

「恐らくだが、牛場タケルを殺害した犯人は、このメモを回収しようとしたのだろう。しかし、牛場タケルが握りしめたまま死亡し、死後硬直も相俟あいまって回収できなかった、と考えるのが妥当だ」


 成程。それも覚えておこう。


「あとは特にはないな。強いて言えば腕や足に多少のアザがあったが……まあ、これは死斑の可能性もあるし、こちらでは判断付かないので参考程度にしてくれ」


 多少のアザ……誰かと争った跡だろうか。

 とりあえず、死体を見てわかる所はこれくらいか。


「ケンタロウくんはなんか気が付いたこととかある?」

「オレは……特にねえなあ。役に立てたなくてすまんな」

「そんなことないよ。僕だって同じようなものだし……ジンくんもケンタロウくんもありがとう。じゃあ他の人の所にも行ってみるね」


 僕は2人に礼を言って、舞台の奥へと向かった。



           ◆


 舞台の奥に向かった理由は、音響設備を確認するためだった。

 音楽を止めたのは自分とはいえ、それ以外のことには目を向けていなかった。

 そこで改めて確認しに行ったのだが、


「……何もないか」


 音響設備は何かを仕掛けられた形跡もなく、しかも色々といじってみてみたが、タイマーで再生するような機能もなかった。

 つまり、クラシックBGMは誰かの手で6時ちょうどに流された、ということだ。


 だとしたら、犯人が流した可能性が高い、ということか。


 これは手掛かりになりそうだ。

 あとは……


 と、そこで僕は、上の方から何か音がしたことに気が付いた。


(誰かいる?)


 僕は梯子を登り、体育館の上の層へと向かった。

 そこにいたのは、ユウリくんだった。


「ユウリくん、一人だったんだ」

「あ、コータ。うん、みんなこっちには来なかったみたいだね」


 ユウリくんの性格的に、直感で行きたいところに行くと思うし、そこに誰かいなくても気にはしないだろう。


「何か見つけた?」

「うん。これだね」


 ユウリくんは足元にあるモノを指差す。

 そこにあったのは、スポットライトだった。

 しかも一部がひしゃげていたりしていて、どう見ても壊れていた。


「これは……」

「ねえコータ。これ持ち上げてみて」

「え? あ、うん。いいよ」


 僕は言われるがままに壊れたスポットライトを持ち上げる。


「ぐぬぬ……かなり重いね……」


 本腰を入れてやっと持ち上げられるくらいの重さだ。


「あ、下面に血があるね」

「血!?」


 思わず驚いて落としそうになる。が、すんでのところで留まった。


「あ、あぶな……」

「あ、コータ、そのままにしておいて。ちょっと写真撮っておくから」

「わ、分かったよ。ぐぎぎ……」


 数秒間踏ん張り、真下から写真を撮るユウリくんに落とさないように踏ん張る。

 というかあのスマホ、撮影機能があったのか。今度よく調べておこう。


「オッケー。ありがとう」


 そのユーリくんの合図とともに、僕はちょっと乱暴にスポットライトを床に置いた。

 そっと置くなんて出来るほど、もう体力が持たなかったのだ。

 肩で息をしている僕に、ユウリくんはスマホを見せてくる。


「ほら、ここに黒いのがべったりついているでしょ。これ血だよ」

「そうなんだ。ってことは……」

「そう。このスポットライトが凶器っぽいね」


 凶器。

 タケルくんの命を奪った道具。


「このスポットライトを、ここから落としたってこと?」

「だね。この位置から下を見てみるとちょうどあの血だまりの辺りも近いし」


 あってないような柵から少し身を乗り出して、下を覗き込んでみる。

 確かに、投げれば届きそうな位置だ。


「でもこれが凶器ってことは、落とした後、また拾ってここまで持ってきたっていうことなんだよね」

「それは簡単だと思うよ。コードついているから、ここから引き上げればいいだけだし」

「あ、確かに。重いとはいえそれが出来そうにない重さではなかったね」

「あとは壊れた部品とか割れたガラスとかを集めればいいだけだと思うよー。多分壊れた部品もそんなに大きくないから回収できたんじゃないかなー。電球は割れてなさそうだしー」

「でも、どうして引き上げたんだろうね。そのままでもいいはずなのに」

「んー、どうしてだろうねー。今は分かんないやー」


 ユウリくんも分からないのか。

 何か意味があるのか分からないが、記憶にとどめておこう。


 と、ふと気が付いたことがあった。


「そういえばユウリくん、ここに一人で登れたの?」


 ユウリくんの身長だと、この足場部分に行くための梯子には手が届かなかったはずだ。


「登れるよー。足場とか使えば普通にー」

「あーそうなんだ」


 じゃあ誰でもここは来られたということか。


「これ以外に何か手掛かりがないか、ユウリはもうちょっと探しておくねー」

「あ、うん。分かった。じゃあ僕は他の所に行くよ」

「またねー」


 ユウリくんと別れ、僕は体育館の上部にある足場部分を後にした。




      ◆


 その後、舞台上から降り、タケルくんが引きずられた跡を辿りながら血だまりのあった場所まで来た。

 先ほど上から見た通りだが、ここでタケルくんは殺されたのだろう。

 そして部品とかは落ちていなさそうだ。電球とかが割れていたら回収とか厳しそうだったから、当たり所が良かったのか。


(……いや、タケルくんに当たっているのだからその言い方はよろしくないな)


 自分の考えに反省しながら体育館の外に出た。

 そのまま地下から上がろうとした所、体育館の正面入り口の所に、サイくんとヒナタくんがいた。


「サイくん、ヒナタくん、何か見つかった?」

「……コータさん」


 ヒナタくんが青ざめた顔で反応する。


「だ、大丈夫?」

「ちょ、ちょっとさっきから色々ときつくて……ちょっと頭が……」

「ショックなこともあったこともそうだが、匂いがきついみたいだな」


 サイくんが顎に手を当ててそう言う。


「まあ、仕方ない。朝6時からあんな騒音で目覚めさせられた挙句、ペンキとか血の匂いを受けたら気分も悪くなるだろう」

「あ、やっぱりサイくんもあの騒音で起きたの?」

「あれで起きない人間の方がおかしいだろう。何事かと思ってベッドから飛び起きたさ」

「うぅ……普段はもうちょっと寝ていたのに……」

「あー、生活リズム崩されるとなおさら体調も悪くなるよね……」


 と、そこまで口にしておいて気が付いた。


「って、このペンキはサイくんが撒き散らしたんじゃないか!」

「撒き散らしたとは人聞きが悪いな。芸術が失敗しただけだろ」

「ケンタロウくんが聞いたら怒ると思うよ」


 さっき舞台にいたからもしかしたら来るかもしれない。


「ペンキ、まだ乾いてないみたいですね……」


 ヒナタくんがきつそうにしながら、目の前のペンキを指差す。


「確か24時間は乾かない、って書かれていたはずだから、まだもう少し掛かるんじゃないかな」

「何時に芸術が失敗したか分からないから具体的な時間は分からないけれどな」

「あー、それならあの時にいたツバメくんに聞こうか。というかヒナタくんはここから離れた方がよいんじゃ……」

「い、いや、大丈夫ですよ。自分もきちんと捜査しなきゃいけないので……」

「俺が傍にいるから色んな意味で安心していいぞ、猫泉」


 それは安心していいのだろうか。

 いや、でもここで一人にしたらあらぬ疑いを掛けられるかもしれないし、ヒナタくんにとってはよいのかもしれない。


「だが、これ以上悪化した時の為に、保健室で頭痛薬とかを持ってきてくれると助かる。急ぎでなくてよいが、頼めるか、猫泉」

「あ、分かったよ」


 サイくんも飄々としているが、やはりちょっとは罪悪感があるのだろう。きちんとヒナタくんに気を掛けているようだ。

 少しサイくんについて思い直しながら、僕は保健室へと向かった。



               ◆


 保健室に行く道中。

 2階まで登ったところで、2人の姿を見かけた。


「サスケくん、ツバメくん、ここで何しているの?」

「あ、コータっち」

「ちょっとタケル君の寝室を調べようと思ってな」


 確かに、何かがありそうだ。

 ヒナタくんの為に頭痛薬を持ってきてあげるべきだと思ったが、まあ急ぎじゃないと言われていたし、少しくらい寄り道しても大丈夫か。それに捜査しなきゃいけないのは間違いないし。


「僕も付いていくよ」


 そうして僕は2人と共にタケルくんの寝室へと向かった。


 彼の寝室は一言で言えば、余計なモノが無い、だった。

 ベッドは乱れ一つなく、きれいなままだった。もしかしたらベッドじゃなくて床に寝ていていたのかもしれない。タケルくんならあり得る。

 それと、他に気が付いた点が一つ。


「スマホまで置きっぱなしなんだね」

「あ、やっぱスマホって呼ぶっすよね、それ」

「形状が似ているからな。まあ、今はそこについて話す必要はないだろう」

「そうだよ。きっとタケルくんは普段からスマホを身に着けてなかった。これはほぼ間違いないだろうね」


 この事実は頭に入れておこう。


「とりあえずこのスマホはコータ君が持っていた方がいいかもね。渡しておくよ」

「あ、うん。多分中身は見れないだろうけど、一応は持っておくよ」

「指紋認証で開く、ってクウギョは言っていたっすからね」


 試しにやってみたがやはり反応しない。

 どこで必要になるか分からないが、ポケットに入れておこう。


「他にこの部屋で調べられることはないみたいだね」

「そうっすね。……あ、そういえば」


 サスケくんが思い出したかのように手を打つ。


「コータっちに聞きたいことがあるんすけど」

「なに?」

「どうしてみんな体育館に先についていたんすか?」

「どうして、って?」

「あ、それはボクも聞きたかったことだ」


 ツバメくんも頷く。


「あのクウギョの放送の直後にボク達はちょうど部屋から出て来たサスケ君と、あとジン君、ナギサ君だね。みんなと廊下で会ったんだ。そこから走って体育館に向かったんだけど、みんな先についていたんだよ」

「たまたま早起きして、中庭の散歩でもしていたのかなー、って思ったんすけど……」

「え?」


 2人の反応に違和感を覚える。


「2人とも、クウギョの放送前に、あの音を聞いていないの?」

「あの音?」

「何のことっすか?」

「ほら。6時のアナウンスと共にクラシックBGMが大音量で部屋に響いてきたじゃない」

「?」


 2人は首を傾げる。


「6時のアナウンス時にはボクは起きていたけれど、いつもと同じだったぞ」

「同じくっす。そんな大音量だったら飛び起きて様子を見ているはずっすよ」

「なんだって……?」


 サスケくんとツバメくんは、あのクラシックBGMを聞いていない?

 これってどういうことなんだ……?


「とにかく、僕達はその大音量で響いてきたクラシックBGMを聞いて、体育館に止めに行ったんだよ」

「ああ、前にケンタロウっちが言っていたことっすか」

「だからみんなあの場にいたのか」


 この2人は本当に聞いていないようだ。

 となると、ジンくんとナギサくん同じかもしれない。


(彼らのみが聞こえなかった理由、もしくは……それは一体……?) 


「まあ、そういことがあったってことっすね」

「ならば真っ先に現場にいたやつが犯人、とかではなさそうだな」

「そうなると思うよ」


 先のことに引っかかりを感じつつも。

 そこからは、特に捜査に何か進展があったわけでもなかったので、僕は2人別れて保健室へと向かった。



            ◆


 3階に上がり、保健室の扉を開けた途端だった。


「だからじっとしててって言ってるでしょ!」

「うるせえ。大丈夫だって言ってるだろ」

「そ、そうは見えないよ……?」


 言い争う声が聞こえた。

 そこにいたのは、ナギサくん、チハヤくん、マシロくんだった。


「ど、どうしたの?」

「あ、コータクン。ちょっとチハヤクンを抑えるのを手伝って!」

「抑える?」

「早く!」

「わ、分かった」


 僕は駆け足で3人の元へと向かう。

 そこには片腕をチハヤくん、もう片方をマシロくんに持たれているチハヤくんの姿があった。


「ちょっとおれと代わって!」

「あ、う、うん」


 すごい剣幕のナギサくんに代わり、チハヤくんの腕を掴む。


「だから大袈裟なんだって、暴れなんかしねえからよ」


 チハヤくんは特に抵抗せず、呆れた様子でナギサくんに言葉を投げる。


「駄目。そうやって暴れているの何回も見たことあるし、さっきから拒否してくるじゃない」

「拒否? どういうこと、マシロくん?」

「あ、えっと、ナギサさんがチハヤさんに、服を脱げ、と」

「……?」


 そりゃ拒否するでしょ。

 チハヤくんは深い溜息を吐く。


「だから、どこも痛くねえって」

「嘘。他のみんなの前では強がって隠せたかもしれないけど、おれには効かないよ。じゃあ服脱いでお腹とか見せて」

「……」


 譲らない様子のナギサくんに、チハヤくんはまた大きく息を吐く。


「おめーにはかなわねえな。ほらよ。好きにしな」

「好きにするよ、はい」


 ナギサくんがチハヤくんの服を捲りあげる。

 すると


「!?」


 そこにあったのは、大きなアザだった。

 紫色に変色した肌はとても痛々しかった。


「ほら、やっぱり。ジンクンじゃないから細かい所は分からないけど、多分骨とか折れているんじゃないかな」

「骨なんか折れてねえよ。痛くねえし」

「ど、どうしての、チハヤくん、それ……っ!」


 僕の問いに、ちっ、とチハヤくんが舌打ちをする。


「何でもねえ」

「何でもねえって怪我じゃないでしょ、それ」


 ナギサくんがぴしゃりと言う。


「誰かと喧嘩した時の傷でしょ、それ。まあ、誰かってのは大体想像つくけど」

「うるせえ。一晩寝て治ってるんだよ」

「治っているわけないじゃん」

「いや、マジで大分マシになったぞ。あの地下への階段の所は、いいベッドだったみたいだなあ」

「冗談言っていないで、ほら、とりあえず塗り薬とかシップとかで包帯巻いたりとかするよ」

「はいはい。マシロもコータも暴れねえから手を離せ」

「は、はい!」


 マシロくんが慌てて手を離す。僕も続いて彼から手を離した。

 一生懸命に応急処置をしようとしているナギサくんを見ながら、


「ねえ、チハヤくん、ちょっと聞いていいかな?」

「あ? なんだよ? 暇だからいいぞ」


 チハヤくんが、ハッ、と笑う。


「その怪我、どこで負ったの?」

「……言いたくねえな」


 不機嫌そうな表情になる。多分これ以上問うと他の所が訊けなくなるだろう、と察した僕は、少し方向を変えて、さっきの会話で引っかかった点を尋ねる。


「じゃあ別のことを教えてほしいんだけど、チハヤくん、さっき『地下への階段のところはいいベッドだった』って言ってたけど、昨日は寝室じゃなくてそこで寝てたの?」

「……まあ、そうだな」

「どうしてそこで寝てたの?」

「目的地に近い方がいいだろ。ちょっと寝て体力回復させてすぐに行くつもりだっただけだ。あ、気絶してたわけじゃねえぞ、これはガチだ」

「分かってるって。気絶していたらもっと地下に近い所だったもんね」

「そうだ。分かってんな、コータ」


 いや、分かっちゃったのはそれ以外もなんだけどね。

 そこは敢えて触れずに、質問を続ける。


「今日、目を覚ましたのは何時くらい?」

「何時かは分からねえな。あのうるせえクソデカBGMのせいで目覚めが悪かったのだけは覚えてるぜ」


 チハヤくんはあのBGMで起きたのか。

 体育館に近いから聞こえても不思議ではない。


「それで体育館に行ったら、入り口に血があって、それを辿っていたらあいつが……タケルが死んでいた、って感じだな」

「そうなんだ。最初に発見したのはチハヤくんだったもんね」


 そういえば、と僕は一応聞いてみる。


「チハヤくんが寝たのって、夜10時のアナウンス前だった? それとも後だった?」

「あー、俺様は夜10時のアナウンスは聞いたな。だから後だな」

「聞いたのは寝た場所と同じ?」

「ああ、ほぼ同時だった気がするな」

「そうなんだ、ありがとう」


 この証言は重要かもしれない。覚えておこう。


「あのさ」


 ナギサくんがてきぱきと治療しながら眉を下げる。


「さっき言っていた、クソデカBGM、って何のこと?」

「え? ナギサさん、あの大音量のクラシックBGMのことだよ?」


 マシロくんが不思議そうにそう言うが、ナギサくんはやはり思い当たることがないようだ。

 ある意味予想通りだった。


「ナギサは何しても起きねえ時があるからな。気が付かなかったんだろ」

「それって徹夜した後とかでしょ……って、ちょっと待ってチハヤクン。前になんかしたの?」

「さあ、何したんだろうなあ?」

「……治療止めていい?」

「元から必要ねえ、って言ってるだろ」

「無敵の人かよ」


 軽口の応酬が始まっている中、マシロくんは「んー、まあ、そういうもんなのかな?」と首を傾げながらも、それ以上はその話を続けなかった。

 そのままナギサくんとチハヤくんが軽口をたたき合いながら治療しているのを耳に入れながら、僕は当初の目的であったヒナタくん用の頭痛薬を探し始めた。


 その後。

 ヒナタくん用の頭痛薬を見つけた僕は、3人にそれを私に行く旨を伝えて部屋を出た、ちょうどその頃だった。



『ピーンポーンパーンポーン』


 チャイムが鳴り響いた。


『捜査時間終了の時刻になりました。皆様、円卓の部屋にお集まりください』


(……もう1時間経過していたのか)


 予想以上に時間が過ぎるのが早い。


 牛場タケルを殺害した犯人。

 それは間違いなく僕達の中にいる。


 体育館で行われた凶行。

 その目的は、神になるため、だろう。


 一体、誰がそんなことをしたのか。

 正直、自分の中でまだ目星も付いていない。


 しかし、決めなくてはいけないのだ。、

 それを議論するための円卓会議が、これから始まるのだから。



 僕は不安を胸に、円卓の部屋の扉を開いた。

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