第5章 この世は蝶の夢にぞありける、さればこそ。

14話

14

 ダブリューライジングの商品企画第三課・打合わせ室。

 高下はそこで採用の履歴書を読みながら、顔をしかめた。

 休日に向太郎と絶交したこともあり、今日はここ数年で一番憂鬱な月曜日だった。仕事にも意欲がわかない。

 高下は結局、向太郎からのメッセージを既読スルーしてしまった。

 理由として、向太郎にホテルの件についてどう釈明すれば良いのか分からなかったからだ。

 本当はスルーではなく、ユーザーブロックをしたほうがいいと土日で何度か試みたが、高下にはどうしてもブロックできなかった。

 向太郎と出会ったSNSも同じく、だ。SNSのラブハニの感想を語るための趣味用アカウントを退会することができなかった。

 向太郎と撮ったあらゆる写真を消去することも、向太郎と回した推しが出なかったカプセルトイのキーホルダーの処分も何もかもできず、全てスマートフォンのデータや部屋の棚の片隅に大切にしまってある。更に、彼からプレゼントされたトレカケースも、いまだにスーツの懐に肌身離さず持ち歩いていた。

 向太郎を自分から遠ざけようとしても何もできず、彼との思い出のものは一つも捨てられない。何もかも、中途半端だ。

(それに加えて……)

 履歴書の写真を見る。中身は九月に辞めた白石の代わりに、商品企画第三課に配属された中途採用者の経歴などが記載されている。

 今日はその中途採用者が直属の上司となる高下への挨拶と、軽い引継ぎの説明のためにこの課の打合わせ室にやってくる。来週から彼は本格的に出勤してくる予定だ。

 高下は頭が痛くなった。

 ──なんで、よりによってこんな日に……しかも……。

 コン、コン、コン。

 打合わせ室のドアがノックされる。高下は顔を上げた。

「高下主任。来週からこちらに出勤となる榊さんがいらっしゃいました」

「……ありがとう。通してくれ」

 高下はそう言って立ち上がる。

 課内の女性社員がドアを開けると、一人の青年が会釈をして入室してきた。

 高下よりも高い身長。

 サラリーマンとしての節度を保った、ダークブラウンに染めた髪。

 やや垂れ目で焦げ茶色の瞳は優しい印象を与え、その顔立ちは男らしさに溢れ、彫刻のように整っている。

 鍛えられた身体と広い肩幅を持ち、手足は長い。

 抜群のスタイルにより着用している紺色のスーツが良く引き立てられ、まるで外国人のモデルのようだった。

。この度、商品企画部・商品企画第三課に配属になりました、さかき東弥とうやです。本日はよろしくお願いいたします。……

 自らを榊東弥と名乗った青年は、高下に春の陽気のような微笑みを向けた。

 この、まさしく王子のような笑顔をもし女性が向けられたら、思わず頬を赤らめてしまうだろう。

 だが、高下は複雑な心境で、口元を少し歪ませながら榊を見た。

「……ああ、今日はよろしく。

 なんで、こんなところに君が……。

 努めて冷静に振る舞ったが、内心困惑していた。

 ──榊東弥。

 彼は高下が大手化粧品メーカーにいた頃の営業部の同期で、ライバルだった。

 そして同時に……高下と男である。


 


 

 


 

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