12-2

(結構早く来すぎたかも……)

 十二月の初めの土曜日。季節は冬に差し掛かる。

 最近恒例となった高下と週一回の遊びだが、今日は取り止めとなった。高下側に用事があるらしい。

 そのため、向太郎は以前誘われていた他の友人たちとの飲み会に行くこととした。

 待ち合わせ時間は十九時で、指定された居酒屋の前に集合とのこと。現在の時刻は十八時三十分を少し過ぎたくらいである。早めに居酒屋のある新宿に着いてしまい、暇を持て余していた。

(どうすっかなー……)

 新宿東口はいつも通り混雑しているが、信号を渡って大通りを越え右手側に進むと少しだけ人がばらけた。

 とりあえず、定刻まで暇を潰すしかない。カフェに入るにしろ微妙な時間なので、街中をあてもなくそこをぶらぶらと散策することにした。

 煌々とした連なる店内の照明が外に漏れて、通路を照らす。この街はアジア屈指の不夜城だ。

 ゆっくり歩いていると、向太郎は何かに気付く。

(あの顔……)

 向太郎より少々離れているが、顔を確認できる距離にいる人物。

 紺色のダッフルコートを着た上品な美青年。

 そうそういるような顔ではない。間違いない、高下だった。

 隣にいるのは──パーマをかけているか分からないが、軽く緩いウェーブのある黒髪。

 黒いジャンパーに着心地のよさそうなズボン。

 年齢はおよそ高下と同い年か、年下に見える。

 高下と同じくらいの背丈の、気だるげな雰囲気の青年。

 その二人が並んで歩いて、こちらへ向かってくる。

 向太郎は咄嗟に目についたビルの入り口に入って隠れる。

 どうやら二人は歌舞伎町あたりを目指しているようだ。

 二人が完全に通り過ぎたのを確認して、ガラスの自動ドアを出る。

(あの人、俺以外に友達いたのか……。いや、失礼だよな。でも土日のどっちかはいつも俺と一緒にいるし)

 そんなことを考えながら、見失わないうちに高下と青年を観察する。

(友達同士にしては随分変な雰囲気だなあ……。まあいいや、なんか面白そうだし本人に次会った時に「あの時実は俺も新宿にいたんですよー」って驚かせよっかな)

 どうやら二人は何か親しく話して歩いているわけでもない。

 二人の関係が気になった向太郎は、悪戯心からついて行くことを決めた。

(なんか、ちょっとこういうのワクワクするかも……)

 人混みや立て看板に隠れたり、上手いこと死角に入るようにして歩く。気分はさながら探偵かスパイ映画の主人公に思えてきた。向太郎は楽しくなってきた。

 引き続き二人を注視してみる。

 どうやら、ぽつりぽつりと青年側が会話を始めている。

 顔は認識できる程度の距離を保っているが、話の内容は分からない。

 唯一目視で分かること。それは、高下が青年に対して怜悧な美貌を赤らめて俯いた、という事実だけだ。

(……なに、これ)

 一番向太郎が見たかった「高下の照れた顔」を、自分の知らない他人が見ている。

 その光景に胸が少し痛んだ。

(……親しい『お兄ちゃん』が取られた、みたいなそういう気分? それって俺、ガキみたいじゃん……)

 胸がざわつく。実際にはそんな子どものような可愛らしい嫉妬ではない。

(あいつ、誰なんだよ……)

 じりじりと心臓から全身に火が回って刑に処されるような、そんなじわじわくる嫌な感情だ。

 足早に歩く。

 歌舞伎町に近づくにあたり、人が多くなった。

 向太郎は少し強引に人をかき分けて、尾行を続ける。

 ギラギラした歌舞伎町の中を歩き続けていると、やがて高下と青年はライトに照らされたアイボリーの壁の建物の前に立ち止まった。

 そして、青年が高下の耳元で何かを囁き、腰に手を回す。

 高下は驚いたようで、職場にいる時の冷静さも向太郎といる時のような落ち着きもなく、小動物のように縮こまっている。

 高下主任に近づきすぎる、やめろ──向太郎の不快感のボルテージが急上昇し、苛ついていると──。

 あろうことか、青年が高下の唇にキスをしていた。

 その場面を見た瞬間、向太郎の手足が硬直して動かなくなった。耳が音を拾うことを拒否するかのように、周囲の喧騒が遠のく錯覚に陥る。

(高下主任……なんで……)

 まるで背後から鈍器で殴られたような気分になった。

 今まで尾行されたことに気付かない高下は、青年に腰を抱かれたまま建物の中に入っていく。

 向太郎は二人の後ろ姿を見送る。

 ──高下主任、ゲイの人だったんだ……。

 ようやく、その真実に辿り着く。

 加えて目の前の建物がどういった用途のものなのかも察しがついた。

 向太郎はそのまま放心状態になった。

 高下が同性愛者であること自体に嫌悪感や偏見を抱いた、というわけではない。それなりに衝撃的な事実だが、性的指向がどうであれ、向太郎にとっての大切な友人に変わりはない。

 ならば普通は、友人に恋愛関係を結んだであろう人物がいたならショックを受けるどころか、喜ばしいものである。

 なのに、渦巻くのは──剣で胸を貫かれたような大きな痛み。すなわち焦燥感、絶望感、喪失感。

(あれだけ綺麗な顔してるし。職場ではちょっと前まではヤバい上司だったけど、きちんと親しくなると優しい人だから……。同性相手にだってモテるよ。恋人の一人や二人、そりゃいるでしょ)

 無理矢理そうやって納得しようとするが、向太郎の心は追いつかない。

 強がりとは裏腹に歯を食いしばり、顔を歪ませる。

 知らない高下の一面を垣間見て──向太郎はこの日、「自分が一番よく高下を知っている」という自負が驕りだったことに気付いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 


 

 

 



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