第4章 ファースト・ラブ。
12話
12-1
十一月の終わり頃。向太郎と高下がライブDVD鑑賞会をして二か月が過ぎた。
高下は「たまにでいいから部下の良いところを口に出して褒める」という向太郎のアドバイスを継続して行動した結果、徐々に周囲との軋轢も解消しているように見える。
向太郎が商品企画第三課に業務で赴くと、わずかながらではあるが部下に微笑みながら話している高下の姿を時折見かけた。
彼が上手く人間関係を築きつつあることは何よりだ、とほっとした。
向太郎が商品企画第三課へ備品を補充する作業が終わり庶務課へ戻ろうとしていた、そんな矢先。
「ねえ、なんか最近の高下主任って良くない!?」
一人はロングヘアを一つに束ね、バレッタで留めた清潔感溢れる女性。
もう一人はゆるくパーマをかけたボブヘアの可愛らしい女性。
給湯室を通りかかったところ、商品企画第三課のそんな若い女性社員が二人、何やら高下についてキャッキャと楽しそうに雑談しているのが聞こえた。
向太郎は思わず壁の死角に隠れる。
(何やってんの、この人たち……。仕事しろよ……)
呆れる向太郎も荷台を止めて盗み聞きをしているため、他人のことは言えないのである。
第三者が壁を隔てた向こうで会話を聞いているとはつゆも知らず、パーマをかけた女性社員が声を弾ませて喋る。
「この間ね、思い切って高下主任って休日は何してるんですかって聞いたの。映画鑑賞とジム、動画見ることが趣味だから、もっぱらそればっかりなんだって!」
「高下主任、映画好きなんだ~!? 何好きなんだろう!? いつか誘ってみたい! ジムは予想通りだけど、動画って何見てるのかな?」
(……映画はヒューマンドラマ、恋愛もの、サスペンスが好き。ジムは時間が空いたら行く。動画は勿論ラブハニとおとめくんのやつが好きで、休日は俺とそれ見てる)
彼女たちの問いに、勝手に心中で答える向太郎。
続いて、一つ結びの女性社員が話す。
「どんな料理が好きなんだろう~? おしゃれなイタリアンとかフレンチ料理とか!?」
(はずれ。高下主任は実は和食が好き。特に二日酔いの日に食べる卵焼きとご飯、漬物、味噌汁が最高、とか言ってた気がする)
高下とは平日に、終業時間後にスケジュールが合ったら一緒に職場近くの比較的安い定食屋に食べに行くこともある。
高下はそこが気に入っているようで、料理を食べながら近況や愚痴などを語り合う。
上記の話はその時に出たことだ。
向太郎が「なんかおじさんくさいですね」と口に出した時、高下は「君も年を取れば分かる」と不満げな顔をして抗議した。
「帰国子女だし、イケメンだし、最近はそこそこ愛想良いし。弱点なんてなさそう~」
(弱点あるよ。ゲームがマジでヘッタクソ。対戦プレイでボコボコにするとちょっと拗ねる)
高下のことを引き続き想像する女性社員たちに対して、向太郎は愉快な気分になりながら思い出す。
この二か月間の中で二人は、互いの家を行き来するようになった。
向太郎の家にあるアクションゲームで遊ぶことになった二人。
向太郎はゆるくて可愛い絵柄のキャラを選び、高下は美麗な男性剣士のキャラを選んで対戦した。
高下は最初、「そんな弱そうなキャラを選んで大丈夫なのか」と向太郎を煽っていたが結果は惨敗。
その後何度対戦しても向太郎に勝てず、最後にはコントローラーを見つめぶつぶつ呟きながら少し拗ねていた。
向太郎は負けず嫌いの高下の行動が面白くて飽きない、と好ましく感じた。
(……っと、このフロアに長居してたらサボり疑われちゃうな。そろそろ戻らないと)
向太郎は腕時計の時刻を確認する。
もっと女性社員たちの高下についての談笑を聞いていたかったが、退散することにした。
庶務課に帰る中で、より親密になった高下との関係を再度思い浮かべてみる。
毎日連絡し合い週に一回会うようになった向太郎と高下は、ラブハニという共通趣味以外の互いの趣味──高下の趣味は叙情的な映画の鑑賞、向太郎の趣味はゲームやアニメ・配信ドラマ鑑賞──も共有するようになった。
高下は向太郎の狭く古臭いアパートの一室に嫌がることなく遊びに来る。そしてゲームにも付き合ってくれて、本来なら彼の好みではないはずだった話題のアニメも「結構面白い。続きが見たい」と向太郎にせがんでくる。
向太郎もまた、ヒューマンドラマや恋愛ジャンルなど人間関係を焦点にあてた映画は退屈だろうと今までは避けていたが、高下の家で見た時「案外話の筋がしっかりしている」と感動した。何より高下とゆったり映画を見るのは落ち着くし、彼が集中して見入る横顔を眺めるのが好きだった。
このように二人で趣味を分かち合うことは、両者の壁が完全になくなってひとつに融けあうような甘い時間だった。
(そういえば高下主任、今度ピラミッドの発掘物の展示、見に行きたいって言ってたな)
高下はインドア派だが、博物館に行くのは好きだ。向太郎はそれに誘おうと思いついた。
彼は喜ぶだろうか、と。
それだけではない。
(……高下主任と博物館に行ったら、歩いてる最中、手とか……繋いでみたいな)
突然そんな思考に耽り、すぐに我に返った。
──最近の俺、なんかおかしい。
ライブDVD鑑賞会のハグ以降に心の底から現れた正体不明の欲。
それが具体的な行動を羅列して、近頃の向太郎の脳を支配してくる。
高下の笑顔の他に、ハグし合った後に夕食を一緒に食べてほしい、と不安そうに照れて困っていた顔がまた見たいのだ。
そのせいで向太郎の家で宅飲みをした時に、酔ってふざけたフリをして高下を押し倒してみたい、という今まで同性相手に考えたことがないような願望まで出てきた。
向太郎は自分自身からそんな衝動が出てきたことに驚愕した。
いくら冗談を言っても怒らず受け止めてくれる「親友」とはいえ、職場の上司に対して失礼すぎる、という理性でその日は欲を抑える。
またその他に、高下は実は同性愛者だが──向太郎は、高下も自分と同じ異性愛者だと思い込んでいるため、それも理由にして控えた。
今は面倒くさがって彼女を作らない独身貴族のようだが、女性にされるならまだしも男性に押し倒されても高下だって困るだろう、と言い訳にした。
とはいえ、向太郎も自分の感情の変化に気付かないほど鈍感ではない。
もしかしたら高下のことを恋愛的に好きになりかけているかもしれない、という選択肢も一度考えたことはあった。しかしそんな経験は今までないならやはり勘違いだ、と自己分析する。
悩んだ末、自分は実家では姉と妹に挟まれて育ち今までの友人も同い年程か年下の男友達しかいなかったから、知らない価値観や大人の趣味を教えてくれる年上の男──高下に対して「親友」を遂に超え「兄」の役割を求めて、甘え方が暴走したのだろうと最終的に結論とした。
実のところ高下に向ける感情は「上司」、「兄」、「親友」、「相棒」、「オタクの同志」──どれをとっても違う。
先程だってそうだ。
女性社員の話を聞いて「高下主任は女の子にモテて羨ましい」という気持ちではなく、「俺の方があの人たちより高下主任に詳しい」という優越感があった。
(どうしちゃったんだ、俺……)
エレベーターに乗りながら向太郎は葛藤する。
毎日そうやって誤魔化しながら、高下を無意識に熱っぽく想っていた。
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