28話 雨

降り続く雨を眺めながら、アメリアは大きくため息をついた。

雨季に入ったノルディアでは、毎日雨が降り続き、城に閉じ込められる日々が続いていた。


「……退屈」

思わずこぼした独り言に、窓辺で紅茶を注いでいたテティがくすっと笑う。


「お暇なら、ヴァルク様に会いに行かれてはどうですか?同じ城にいらっしゃるのに、全然お顔を合わせないじゃないですか。喧嘩でもなさってるのですか?」


「喧嘩なんてしていないわ。ただ……」

アメリアは視線を落とした。

経路変更を断られてからの日々。毎朝山へ向かい、戻れば食事もそこそこに眠り込む。雨季に入ってからはようやく食堂へ出向くようになったが、その代わり、ヴァルクは執務室に籠もりきりだった。


「……そうね。たまには私から会いに行ってもいいわね」


軽く笑って立ち上がると、テティはぱっと顔を明るくした。



ハロルドに声をかけ、紅茶と菓子を用意させる。

アメリア自らそれを手に取り、執務室の扉をノックして開けた。


「殿下?」

顔を上げたヴァルクが驚いたように立ち上がる。


「どうしてここに?」


「ヴァルク様がいつまで経っても会いに来てくださらないので、こちらからお邪魔しました。お仕事の邪魔をしに、です」


小さな悪戯心を込めて笑うと、ヴァルクは苦笑しながら彼女を黒革のソファへと迎えた。

アメリアは手際よくティーカップに紅茶を注ぎ、彼の前に差し出す。


「すまない……。あなたにこんなことをさせるわけには」

「いいえ。私、こうして差し上げるのが好きなんです」


にっこりと笑って自分の分を注ぐ。

ふと、ヴァルクが紅茶を口にしながら目を細めた。


「そういえば――宝探しは終わったのか?」


「えっ!?」


「どうやら城でも街でも、アメリア王女は宝探しに来たのだと噂になっているらしい。王都まで届かなければいいがな」


「そっそんな噂に?!」

真っ赤になって慌てるアメリアを、ヴァルクは面白そうに見つめている。


「……もう! 誰のせいでこんなことになってると思ってるんですか!」

「ふっ」


笑みを浮かべる彼に、アメリアは胸の奥がざわめくのを感じた。

だがその気配を振り払うように、勢いよく言い切る。


「いいじゃないですか! 私はあの山を宝の山だと思っていますから!」


ぷいっと顔を背けると、ヴァルクは困ったように息を吐いた。


「殿下が仰ること、我々も考えたことはあります。西の山に道を通しながら鉱脈を探す――もし成功すれば、かなりの利益を得られるでしょう」


「じゃあ、なぜ……」


アメリアの声が熱を帯びる。

ヴァルクは一瞬黙り、低く答えた。


「……国から命じられているのです。三年以内に王都まで道を繋げと。鉱脈を探しながらでは、三年で間に合う可能性は0に等しい」


「三年……」

アメリアは小さく呟いた。


だけど、前世では、街道の完成は三年で出来上がっていなかったはず…


「今の道なら三年以内に繋げられるんですか?」


アメリアが問いかけると、ヴァルクは短く頷いた。


「最短ルートだからな。かなりの伐採をしたので懸念はあるが……鉱山を掘るよりは危険は少ないはずだ」

そう答えると、窓の外に視線を向けた。


「資材の運び入れだけは、雨の中でも続けている。だから、この雨季が明ければ本格的に工事が進められる。」


ヴァルクの低い声に耳を傾けながら、アメリアもまた外に広がる雨の音に意識を預ける。

そのとき――胸の奥から、忘れかけていた記憶が呼び起こされてきた。


……あれは。

アメリア王女が婚約者を決めた年ー



ノルディアで大規模な山崩れがあった。


王都でも長雨が続いていて、新聞を広げ、王女にこの大きな事件を説明したことを思い出した。

土砂に飲み込まれた多くの作業員。流された資材。

そして、工事の着工は翌年へと持ち越された――。

アメリア王女は、結婚までにノルディアに行きたいと言っていたのでようやく完成する頃にユーラシアに行かなければならず、とても残念がっていたのだ。






雨脚は強まるばかりで、石畳を叩く音が過去と現在を重ね合わせる。

アメリアはひそかに胸の内で呟いた。


(だめ……このままだと無駄に死者が出てしまう)


ぎゅっとスカートを握りしめ、震える唇で口を開いた。


「ヴァルク様……お願いです」


ヴァルクが驚いたように眉を上げる。


「殿下?」


「このままでは危ないんです!今すぐ資材の運搬を中止してください……!!」


言葉が震えて続かない。

気づけばアメリアは、テーブルから上から身を乗り出し、ヴァルクの袖を掴み、縋るように見上げていた。


「お願いです、ヴァルク様!いますぐに止めてください……」


彼女の必死な声に、ヴァルクは一瞬言葉を失った。

それでも、冷静さを取り戻すようにゆっくりと彼女の手を取る。


「殿下……資材の運搬をしているだけだ。たしかに雨が降り続いているが、例年と雨量は変わらない」


「ダメなんです……!伐採した影響で、水が土の中をうまく流れないんです!このままだと大きな災害が起きます!!」


アメリアの瞳には涙が滲んでいた。

ヴァルクはその揺れる光をじっと見つめ、苦悩を押し殺したように目を伏せた。


「……まるで未来を知ってように話すんだな…」


その一言が、雨音よりも重く、部屋に響いた。

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