第2話 誘い
空が茜色に染まり人々が家路を急ぐ中、本屋の店内は静かな時間が流れている。
午後から店番をしていた橙花はカウンターの内側でA4サイズのチラシを見つめてはため息をついたり、その紙を折り畳んではエプロンのポケットにしまったりを繰り返していた。
(誘ってみようかな……でも迷惑だったら……)
橙花が手にしてる紙はとある絵本の原画展のチラシである。橙花が子供の頃から大好きなシリーズ絵本だ。こういう事は基本的に一人で行く橙花だったが、今回は鷹山と一緒に観たいと何故か強く思った。それはきっと鷹山が橙花の事を否定せずに受け入れてくれたという事が大きいのかもしれない。
店内で静かに本を選んでいた鷹山がレジに近づいた瞬間、橙花が声をかけた。
「あの、鷹山さん」
「はい?」
「私が昔から好きな絵本作家さんの原画展があるんですが、もし良かったら一緒に行きませんか?」
橙花は普段ゆっくりとした口調だが、緊張しているのか早口で声も上ずっていた。
鷹山はその勢いに少し驚いた表情をしたが、すぐにやわらかな笑みを浮かべ「いいですよ、楽しそうですね」とゆっくりと返事をした。その一言に橙花は安心してふっと全身の力が抜けた。
「良かった。でも無理はなさらないでくださいね。ご都合が合えばで大丈夫です」
「はい、楽しみにしてますよ。日程とかはまた後で決めましょう」
「分かりました。これ原画展の詳細が書いてあるチラシです。時間がある時にでも見てください」
「ありがとうございます」
鷹山は受け取ったチラシを丁寧に折り畳み、ジャケットのポケットにしまった。
店を出ると鷹山は歩きながら、ポケットの中のチラシを取り出した。
(まさか先に誘われるとはな)
鷹山も橙花と同じで映画や展示会など一人で観に行く事が多い。自分のペースを守れるし何より楽だからだ。だが橙花とのことは何故か別だった。
仕事の休憩中、スマホを何気なく観ていたら原画展の情報を偶然見つけた。ページをスクロールするうちに、自然と頭に浮かんできたのは橙花の顔だった。
(この原画展、羽鳥さんと一緒に行けたら楽しそうだな)
そう思っていつもより少しだけ早く仕事を切り上げて店に立ち寄った。
(俺の台詞だったんだけどな)
普段より早口で焦ってた彼女を思い出すと自然と鷹山の口元が緩んだ。
交差点の信号で足を止めスマホの画面を見る。そこには彼女がくれたチラシと同じデザインの絵が表示されている。
(スケジュール確認して早めに連絡するか)
信号が青に変わる。
スマホとチラシをポケットにしまい鷹山は軽やかな足取りで歩き出した。
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