月の光に問いかけて
「月が綺麗だね」
君の声は静かで、どこか遠くを見つめるような響きを持っていた。
君の言葉に導かれるように、ふと夜空を仰ぐ。
月は、まるで何も知らないふりをして、ただそこに在った。
揺るぎなく、静かに、優しく。
けれど、その光の下で揺れているのは僕の心の方だった。
月を眺めながら、ふと君の横顔に目を移す。
月の光を受けるその輪郭は、どこか儚げで、それでも美しかった。
本当は、月よりも君の横顔の方が綺麗だと思った。
だけど、それを言葉にするのはやめた。
言葉にすれば、この静かな夜に波紋を落とすような気がした。
だからただ、同じ夜の中にいることだけを選んだ。
言葉を交わさずとも、同じ夜の中にいること。
それだけで、十分だと思いたかった。
夏の夜風がそっと髪を揺らして、波の音が寄せては返す。
君は何を思っているのだろう。
その言葉の裏に、どんな気持ちを抱えているのだろう。
君の寂しげな表情は、ふとした瞬間に現れる。
言葉が途切れたその隙間に、君の心の奥にある何かが滲んでくる。
すぐに笑顔に戻るけれど、その一瞬の影は確かにそこにあった。
君は寂しさを口にはしない。
でも、僕は知っている。
その沈黙の中に、小さな揺れがあることを。
それを知りたいと思ったけれど、尋ねることはしなかった。
寂しさに触れてしまえば、彼女の心の奥に入り込むことになる。
それは、僕に許されることなんだろうか。
夏の夜は、少しずつその熱を失っていく。
季節は変わっていく。
やがてこの夜も、過去になる。
でも、今ここにある光は確かに僕たちを包んでいた。
この瞬間が永遠に続くことはないと知りながら、それでも僕は君のそばから離れずにいる。
言葉にできない想いを抱えたまま、ただ隣にいる。
「月はずっと綺麗だったよ」
言葉は小さく、夜に溶けていった。
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