エピソード8-2 私はお前を愛していた(警察官編:中国四国組)(後編)

「お前、あの場でよぅ言ったな。はじめにも言っといてやる。いい生徒持ったなって」

「あ、ありがとうございます・・・・・・?」

「・・・・・・・・・・・・香川かがわさん、俺がいるの分かって言ってますか、それ」


 山口やまぐち教官の悪口を言っていた同期達が山本教官に連行されていってから数分後、やっと落ち着いたと思い、食堂で休んでいれば僕にかけられた声。声の主は山口教官の解像度が高かった、『彼』だった。


 そして、その『彼』──香川さんと呼ばれた人物の側にはいつの間にか、呆れた様子の山口教官の姿があった。


 あ、やっぱり山口教官の知り合いだわこの人。香川さんって呼ばれてるってことはこの人、山口教官の先輩かぁ。


「分っとりますよ、一教官?」

「俺の方が世代でいえば先輩ですが、年齢ではあなたの方が年上です。だから、敬語はやめてください。何回言ってると」

「へいへい分かったよ」

「へいへい?」

「呆れるほどに真面目だな、お前。ってか、お前も敬語やめろや」

「あなたがふざけすぎてるだけだろ」

「いやいやいや、お前が真面目すぎんだよ、バカ」

 慣れた様子で繰り広げられる会話。周囲にいた同期は厳しく、真面目な山口教官が振り回され、呆れている様子に開いた口が塞がらないよう。


 いや、僕もここまで山口教官を振り回す人は初めて見たけど。


「ってか、そう、お前。名前は?」

「え、あ、僕、ですか? えっと、松山二羽まつやまふたばふたばです。よろしくお願いします」


 突如僕に振られる会話。いや、何故今!?


「松山、二羽、か。俺は所轄の生活安全部所属の警察官、香川真人かがわまさひと。世代でなら、一の後輩だな。年齢では一より一歳上だけど。ま、よろしくな、松山」


 香川さんは僕の名乗りで何かに気付いたのか、一瞬、目を見開く。だが、その一瞬後には子どものような元気いっぱいの笑みを僕に向けた。


 ああ、もしかして、彼は僕の過去を、正体を知っているのかもしれない。


「・・・・・・なあ、松山。お前、「」だよな」

 そしてそんな笑みを浮かべた数秒後、彼は僕の目を真っ直ぐ見て、そう言った。


 テロ組織「イチノマエ」に所属していた、公表すらされていない、名もないとある子どもの名を、口にした。


「それ、は」

「ああいや、お前を逮捕するとか脅すわけじゃねぇよ。それなら他の奴らがもうやってるだろ。組対ソタイとか。もしくは山原達が逮捕されたときには」


 察してたはずなのに答えられなかった僕の言葉を遮るように香川さんは申し訳なさそうに、どこか、面倒臭そうにそう言う。


「じゃあ、なんで」

 俺の言葉に香川さんは自身の隣にいた山口教官へチラリと視線をやる。


「・・・・・・死刑執行間際にイチノツギへの伝言を頼まれた。だが、有り難くない面倒なことにそれが誰かも言わず、あの父親は死刑になり、死んだ」

 山口教官は香川さんの視線から何を受け取ったのか、言葉を紡ぐ。


「要は血の繋がらねぇ可愛がってた子どもに言いたかったことがあったが言えず。だから、それを実の息子に伝えるように言ったってわけだ。ま、お前の名前言えば、お前も捜査対象になってただろうから言わなかったのは吉だけどな」

「でん、ごん?」

「そうだ。父から、君への伝言だ」


 言葉を失っていた僕の目を真っ直ぐに見て山口教官は一息ついた後、ゆっくりと口を開く。




 私はお前のことを愛していた。




「・・・・・・だそうだ」

 山口教官の言葉にその場がシンッと静まり返る。


「「私はお前のことを愛していた」かあ」

 沈黙を破ったのは暢気にそんなことを口にした、香川さんの声だった。


「お前に対しては「後のことは頼んだ」で、血も何も繋がらない松山には愛していた、か。どっちも信頼されて、愛されてたんだな」

「どんな悪人だろうと、犯罪者だろうと、俺達にはそう言ってくれる人がいた。最後まで愛してくれる人がいた。・・・・・・幸せ者だな」


 香川さんの言葉に返答することなく、しかし、彼の言葉を聞いて山口教官は小さく笑った。そして、ゆっくりと口を開き、言葉を紡ぐ。


 その顔は、山口教官のその顔は、山口教官の教場きょうじょうに所属している者からしても、していない者からしても決して見ることがなかった顔。


 口下手で、言葉足らずで、言葉を選ぶことも苦手な教官。それでも、今回くらいはこの場にいる全員が、山口教官の言いたかったことを察した。


 「『幸せ者だな、俺達は』」という言葉を。


「・・・・・・・・・・・・ええ、本当に」


 血の繋がらない年の差兄弟。

 戸籍上の繋がりも、DNA上の繋がりもない。

 片方は実子。片方は養育された子。


 それが僕達。


 僕達は犯罪者の子ども。きっと様々な困難が僕達をこれからも襲う。



 でも、でも、僕達は愛されていた。愛してくれる人がいた。生きることを望んでくれた人がいた。伝えるべき言葉があった。


 ただ、それだけが教官がここにいる理由だったのだ。


 ・・・・・・愛していた、か。


 らしくもない『あの人』からの言葉に苦笑を漏らせば、山口教官は呆れたかのように溜息をついた。


「俺もそういうことを言えるような父親になれるようにするわ」


「「は??」」


「・・・・・・いつだ、香川さん」

「おう、数年前にな。相手はバツイチの息子連れ。息子は今高一で反抗期真っ盛り。「血が繋がってなくても似るものね、親子って」って奥さんに昨日言われたわ」

 そして、何を思ったのか、そんな香川さんの連続爆弾発言(ノロケ)で今回の騒動は幕を閉じた。















「──なあ、山原、あんたは人間としては最低な奴だよ。でもな、父親としては、親としては最高な奴だよ」

 ──そんなとある警察官で父親の言葉は誰にも聞かれることなく、青空に吸い込まれていった。

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