エピソード3 母さんが働いているキャバクラで勉強してたら母さんの片想い相手が来たけど、俺はあいつのこと、そんな好きじゃない(警察官編)


 その人のことを見るようになったのは二ヶ月前からだった。



香川かがわさん、また来たの?」

「また、来ちゃったぜ、リュカ」

「今日は何がお望みかしら?」

「今日はジンのストレート。それとリュカだな」

「あらあら、甘えん坊さんなこと」


 香川さん


 母は彼のことをそう呼んでいた。母の同僚の人は彼のことを「マー君」「まささん」と呼んでいる人もいた。香川さんは母のことを源氏名の「リュカ」で呼んでいた。まあ、お客さんとキャバ嬢としての関係なら自然な呼び合いなんだろう。


 香川さんと母は明らかに見た目だけ比べても、10歳くらい歳の差があるのが分かった。香川さんは大体、20代後半くらいだろうか。母と同い年とか幼馴染みとかではないのは分かった。


 香川さんは母が働くキャバクラに来るといつも、母を指名していた。母も彼に指名されるのは満更ではない様子だった。正直、香川さんは母に、母は香川さんに好意を持っていてもおかしくなさそうな様子だった。


 ただ、母に彼のことを尋ねれば、母は割り切ったように「客と店員の関係だ」と言った。でもそう言うにしては随分、仲が良さそうにしていた。まだ、小学生の俺でも二人が『』なのではないかという予想はできた。


 そして、その日は突然、訪れた。



「香川さん、この子が私の息子ののぞみです。可愛いでしょう?」

「親バカ〜。まあ、可愛いけどな? 小学3、4年生くれぇかあ?」

「当たり。4年生なの」


 店の裏で勉強中、母さんに呼ばれて母さんのところに行けば、ニコニコと子どものように笑う男の顔。身長は160くらい。すぐに誰だか気付く。

 香川さんだ。


 その顔で母さんに夢を抱かせていると考えると殴りたくなる。人の親に色目を使うな、とキレ散らかしたくなる。でも、この場で彼を殴ったり、キレ散らかしたりすると母さんに怒られるので我慢。

「……希望きぼうと書いて、のぞみ、です。母がいつもお世話になってます」

「いやあ、お世話になってるのはこっちだ。よろしくな、希君。俺は香川真人まさひとだ」


 よ ろ し く な?


 俺はどうして、今、母さんの片想い相手と話してるんだ???

 今の俺の精神状態で仲良く、会話ができるとでも?

 よろしくできるとでも?


「あ、ちょっと呼ばれちゃった。希、任せたわ」

「えっ」

 そして、絶望的状況に置かれた俺を一人残して立ち去る母さん。他のお客さんからの指名が入ったとしても息子と(多分)自分が好きな人を二人きりにさせるか?

 天然もいい加減にしてよ、母さん。


「希君、あー、色々と誤解があるようだから言っとくな。俺はお前の母親に色目使ってはいねぇ。『そういう関係』でもねぇから」

「まさか。あんな母さんの弛んだ顔見ておいて自分のせいじゃないとでも」

 俺の言葉に香川さんは何とも言えない顔をする。こういうのが苛つくんだよ。悪人はそういう顔しないんだよ。だから、苛つくんだよ。

「・・・・・・あんな、俺は元々、仕事でここ来てたんだよ。お前の母親を釣るためじゃねぇ。そんで、リュカは話しやしぃから今でも来てんだよ。お前から親を奪うつもりはねぇよ」

「仕事? 何の仕事ですか。まあ、きっと碌な仕事じゃないでしょうけど」


 俺の問いに一瞬、沈黙が流れる。言い淀むようなそんな沈黙。


「・・・・・・・・・・・・警察」


「は?」

 どこか言い辛そうに声のボリュームが下がった香川さん。5歳児か。彼の頭に垂れた犬の耳が見える気がする。落ち込むな、20代。


 というか、警察か。ん? 警察?!


「警察ならどうして、深夜にこんなキャバクラにいる俺のこと補導しないの」

 内心、荒れまくりの心。いや、感情を顔には出さないように気をつけながら、香川さんに尋ねる。顔に出るのは俺のプライドが許さない。


「私情を挟むけど、リュカの息子だから。それにお前とリュカ、ここの二階に住んでるだろ。自宅の一階でやってる店に子どもが『』くるのは普通だろ」

 彼から逸らしていた視線を彼へと戻す。香川さんの目は真っ直ぐと俺のことを見ていた。その目を見た瞬間、逸らせなくなった。あまりにも真っ直ぐに俺のことを見てくるから。

 私情挟みまくり警察官。自分のいいように現状を解釈して、補導を回避してやがる。


 だが、母さんの情報垂れ流しも耳に痛い。この2ヶ月の間にどれだけの俺の個人情報が香川さんに流れたんだろう。

 俺が母さんとキャバクラの2階に住んでいることとか、俺がちょくちょく一階のキャバクラに降りてきていることとか。


「・・・・・・嘘じゃないんですね?」

「嘘付く場面じゃねぇっての。あーあ、リュカとは話せないや、リュカの息子に正体暴かれるわ、今日は散々だな。今日はこれで帰るとするかあ」


 背伸びをし、立ち上がる香川さん。言葉では悔しがっているのにその顔はどこか、スッキリしているようだった。まるで肩の荷が降りたと言わんばかりの、そんな顔。


「また来るからな、希」


 そう言ってお会計に向かう彼の後ろ姿はいつか、母さんに写真で見せてもらった、似ても似つかない父さんに似ていた。





「香川さんと結婚しちゃった!」

「・・・・・・・・・・・・は?」

 母さんが香川真人に告白したのはこの出会いからおよそ1ヶ月後のこと。

 母さんと香川さんが結婚したのは、それからさらに2ヶ月後のことだった。

「なんで?! なんでなんでなんで?!?!」

「私から告白したの」

「マジ?! 母さんからなの?!」

 ちなみに母さんが告白したのは「香川さんが真っ直ぐな性格で、お酒に強く、俺──希──が香川さんのことを嫌わなかったから」らしい。


 俺は香川さんに心許したつもりはないですけど?!?!?!


「やっぱ、俺、リュカのこと好きだわ」

「ふざけんな、クソジジイ」

 結婚報告に来た香川さんの一言目に暴言を吐いた俺はおかしくないと思う。




「ちなみ何で母さんの告白にOKしたの」

「俺とタイマンはれるほどの酒豪だったのと話しやすかったから」

「それだけ!?!?!?」

 お互いの結婚理由が「お酒に強い」なのは正直、バカだと思った。

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