ツギハギ警官たちの騒動日記
沖方
エピソード1 光のように笑う貴方へ(警察官編:東石班)
「お前ら、良い相手とかいないのか?」
食欲の秋、読書の秋、眠気の秋。
そんな9月。
来月からは初任補修科でまた、警察学校に3ヶ月逆戻りになる。そんな日のことだった。
交番で上司の口から発された言葉はそんな意味不明な言葉だった。
「はい?」
「付き合ってる相手とかいないのか?」
「・・・・・・あのですね、
ああ、恋人のことか、と納得していれば上司の真木さんの言葉に隣で書類を書いていた先輩、
僕は東さんの返答に無言を貫くが吹き出しそうだ。真っ当すぎる。言い返せる余地すらない。上司にも手加減なさすぎる。言葉は優しいのに。
「まあ、ないな」
「それなら何で訊いたんですか」
隣の席からペンが置かれる音が聞こえてくる。小さな溜息も同時に聞こえてくる。
「興味本位だな。でも、大切な人がいると仕事でもやる気が出るからいいぞ」
「娘さんに「汚いからあっち行って」って言われたとか言って、落ち込んでいたのはどこの誰ですか」
「それはそれ、これはこれ」
「それで逃れられると思ってます?」
二人のコントのような会話に吹き出しそうになる。
これが長年自ら望んで交番勤務に従事しているお巡りさんと配属二年目のお巡りさんの会話なんて信じられない。というか、この
「あ、見回りの時間だ。行ってくる」
情勢が東さんの方に有利になってきたことを察したのか、そそくさと自転車に乗って出ていく
「いってらっしゃい」
「あ、いってらっしゃい!」
「・・・・・・石川君、ごめんね。あの人、最近ずっとあの調子なんだよ」
「大丈夫です。東さんも面倒臭くなったら、あの手の話題は無視した方がいいですよ」
「あの人無視するとさらに話してくるんだよ」
「あ、なるほど」
ごめんね、と溜息を吐きながら東さんは僕に頭を下げる。僕より
「それにしても彼女かあ」
「東さんはお付き合いしてる人とかは・・・・・・あ、いないんですね。はい、分かりました」
僕の言葉に申し訳なさげに何も言わず、笑う東さんの言葉に全てを察する。モテそうなのに。絶対にモテそうなのに。
「石川君は好きな人とかいないの?」
「え?」
「いや、だって、初任科で君の先輩だった人達とか同期だった子達から、真面目で優しい性格だって評判だったよ。だから、告白の一つや二つはされてそうだけど」
「あー、好きな人は、いないことはないですけど。告白はまあ、一、二回くらいは」
「モテモテ〜。付き合ったことはあるの?」
ニコニコと笑う東さん。多分、答えなければ後でまた聞かれる。
ある意味でこの人も頑固で融通が利かないところがある。いや、誰よりも頑固で融通な可能性もある。本当に。ので、ゲロるなら早い方がいい。
「一回は。でも結局、別れました」
「なるほどね。今、好きな人は僕の知ってる人?」
「あ〜、まあ、そうですね」
言葉を濁す。
知っていなかったら東さん、記憶喪失です。
そして今はまだ、気付かないでください。
「まあ、いつか紹介してくれる日を待ってるよ。気長にね」
「あはは・・・・・・」
紹介できるかなあ。言ったらあなた、言葉失うと思います。
「ま、石川君の性格ならOK貰えると思うよ。こんなに良い子なんだから」
苦笑いを浮かべていれば隣から手が伸びてくる。その手は僕の頭を優しく撫でる。
「あの、僕、子どもじゃないです」
「あ、ごめんね。僕がよく、
北道先輩
確か、東さんが初任科のときに初任補修科でいた先輩だ、とか聞いたことがある。「全国区組」とか、「デカ組」とか呼ばれていた人達の一人だった気がする。
名前に各地方の都道府県の県名が入っているから、そういうふうに括られる呼び方で呼ばれていた人達がいた気がする。ってか、僕も初任科時代、そういう感じで一纏めにされて呼ばれてた気がする・・・・・・。
「嫌、ではないですけど、他の人にはしないでください」
「そう? 分かった。あ、僕も見回りの時間だ。行ってくるね」
立ち上がる東さん。その姿を見て、思考を目の前にいる東さんとの会話に戻す。
「はい、分かりました。留守番は任せてください」
「心強いなあ。・・・・・・忘れてた」
何かを思い出したように外で自転車に乗り、準備万端の状態の東さんがそう言う。
「行ってきます、石川君」
虚をつくようなそんな言葉。きっと今も昔も、これからもこの人とこんなやりとりができるのは僕一人。
「──はい、いってらっしゃい、東先輩」
その顔は晴れやかで闇を照らす光のようで。眩しくて、でも目を離せなかった。
ああ、いつか、いつか、僕がこの思いを言葉にできる勇気を持てたら、そのときは絶対にあなたのことを幸せにすることを誓います。
あなたの光のような笑みを守ります。
あなたの手を絶対に、どんなときだって、離さないから。
だから、そのとき、あなたはOKをくれますか?
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