第3話 幽霊厩舎と俺の名前

「俺って100万なのか……それってタダ同然じゃない?いや、むしろ生産者に赤字出てない?」


 セレクトセール以来俺は自分の価値が低すぎることを嘆いていた。期待されていないにも程があるだろ。

 まぁ気楽と思えばいいか。とも思ったがもうちょっとチヤホヤしてくれても良くない?


 ショックを受けつつも基礎トレーニングなどを問題なくクリアした俺は今日ついに入厩の日を迎えた。


 俺はどこの厩舎に入るのか、実績上位の厩舎に入っちゃうとか?ははははは………………無いな。そんなとこ行けるくらい期待されてるなら100万で売られたりしない。

 開業したばかりの新人調教師の厩舎に行くって感じだろう。きっとそうだ。


 車に乗せられ厩舎に移動。さぁ誰だ誰だ?もしかして俺の知らない調教師だったりするか?


 俺を乗せた輸送車の馬房部が開き、いよいよ調教師と対面する。

 ワクワク半分、緊張半分な気持ち。俺の競走馬生活は調教師にかかっていると言ってもいい。誰だ、誰なんだい!


「ようこそ優暮厩舎へ。未来の英雄馬さん」


 にこにことした笑顔で迎えてくれたアラフィフの男性。俺はこの人をよく知っている。


「君の管理を任された優暮 礼三だよ。今日からよろしくな」


 かつてグランプリレース――G1を幾度も勝利し、多くの管理馬を抱えていた名門。

 そして現在はG1勝利はおろかグレードダウンのG2.G3すらも勝てず、管理馬はついに8頭まで減った調教師。

 

 勇退が近いと噂されるこの人の厩舎に競馬ファンが皮肉たっぷりでつけたあだ名は『幽霊厩舎』。レースで後方に沈みテレビ中継画面から消えてく様と『優暮 礼三(ゆうぐれ れいぞう)の名前からもじって『幽霊厩舎』だ。


 競馬ファンは皮肉も悪口も容赦ないなと苦笑いしながら掲示板を見ていたけど、まさか俺がこの厩舎に来ることになるとは思わなかった。


「めっちゃ不安なんですけどおおおおお!」


 ◇

 俺の調教がスタートした。毎日のように何かしらのメニューをこなしているのだが、実は異変というか違和感を感じている。

 

 軽い調教を終える。物足りない。

 キャンターを終える。物足りない。

 強い負荷の調教――追い切りを終える。物足りない。

 調教ってこんなもんなの?俺がまだ2歳だから?


 俺って他の2歳馬と比べてどうなんだ?やっぱり走るの遅いんだろうか?

 それに俺のデビュー戦って決まってるのか?

 疑問が尽きない。優暮さんはニコニコしてるだけで訳わからんし。


 しかし結局俺は全ての疑問を解消する方法などないのだ。だって俺、馬だもん。


「馬、不自由……」


 どうにもならないことを嘆いていると誰かがこちらに向かってくる音がする。


「佐々木、そろそろ名前を決めてくれよ」

「すまん。ちょっと忙しくてな。全然考えてないんだ」

「お前の馬だぞ?預けるだけで会いにも来ないってそれはどうなのよ」

「悪いと思ってるし、優暮には感謝してるさ。調教師を引き受けてくれてありがとうな」

 

 優暮調教師と……もしかして俺のオーナーか?

 やっと会いに来てくれたのかな。

 入厩してそれなりに経つけど全然会いに来てくれないんだもんな。だからだろうか、俺の名前ってまだ決まってない。ゲート試験まで受けた段階にいるのに……。

 

「こんにちは」


 いつものニコニコしている優暮調教師の横にやつれた顔の男。この人が俺のオーナーか。


「セレクトセール以来なんだ。何か声でもかけてやってくれよ」

「そうだな。頑張ってくれよ。応援しているぞ」


 ……気のせいだろうか、この人は俺のことをちゃんと見ていない気がする。さっきの言葉も他人行儀に聞こえたんだ。


「今日はお前の名前を決めないとな」


 キタキタキタキタキターーーーー!!!

 やっと俺の名前が決まる時が!グラニのラスト産駒とか名前じゃない名前で呼ばれるのも今日までだぜ!

 

 競走馬の名前って言ったらすごいかっこいいんだよ。なんていうか俺は厨二病が完治してないからドラゴンとかソードとか付いちゃうとそれだけでテンション爆上がり。

 競馬仲間と馬名だけで一晩中話題が尽きないほどだ。

 

「うーむ。実は私は名付けセンスに自信がないんだ」

「知ってる。それ同級生みんな知ってるぞ。昔飼ってた猫にネコンドルとか付けてたよな。風邪ひいて寝てる時につけたとか言って猫なのかコンドルなのか寝込んどるのかよくわからん名前」


 この2人同級生なの!?しかもオーナーのネーミングセンス異次元じゃない!?

 え!?え!?これピンチじゃない!?俺の名前マイナスのベクトルですげえの付いちゃったりしない!?


「よし、競馬では親馬の名前をもじったり連想される名前を付けたりするし、俺もそれに倣おうか」


 それだ!それなら最低でも変な名前にはならないだろ。


「この子の父親は何だったか」


 おいおいマジかよ……。それくらい把握してろ!あんたオーナーだろ!少しは俺に興味を持て!


「父親は《グラニ》だぞ。北欧神話に出てくる神馬だ」

「おお、神馬様か。それならこの子にも神に因んだ名前をつけよう」


 オッシャーー!!それもうかっこよくなるしかないやつぅ!これ勝ち確来ましたわ。

 まぁ俺の見た目はかなり凛々しいって厩務員の人言ってたし?神の名をもらっちゃってもいいんじゃないかな〜なんて思っちゃったり?

 ちょっとグラニと父子逆転しちゃうけどここはスレイプニルをもじっちゃうとかいいんじゃないかな。


「よし、決まったぞ。この馬の名前は――」


 こいこいこいこい!かっこいいやつこおおおおおおい!ズバリで言ってスレイプニ――


「――《ウマシン》だ」


 ルぅうううぇええ!?

 何それ!?今の話の流れから何でそんな名前が!?


「そ、その名前、の、由来はなんだ?、くふはぁ」


 優暮調教師笑うな!堪えきれてねぇぞ!プロならそこは感情を押し殺して顔に出すんじゃねぇ!


「馬の神なのだから馬(ウマ)神(シン)だ」


 まんま!そのまんま!三毛猫にミケって付けるのと同じレベル!


「本当にいいんだな?登録しちゃうぞ?」

「問題ない。よろしく頼む」


 問題あるわ!カッコよくないんだよおおおお!


「分かった。それじゃあ後は今後のスケジュールについて話がしたい。場所を変えよう」


 決まっちゃったよ……。はぁ……よりによってウマシンかよ……。

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