29.私の仕事

「ふざけんなお前……!」


 多分市川さんの思惑通り。お姉さんはぷるぷる震えて怒りを露わにしている。これまた私が間に入るやつですか? 勘弁してください。

 

「こっちだって……同じ事、やろうとしてたのによ」


 いやそんな事あります? 流石姉妹と言うべきでしょうか、シンクロニシティ。

 お姉さんはじろりと先生の方に視線を向けた。眉をピクピク震わせて睨みつけている。

 

「あ、市川ちゃんの方が申請早かったよ〜ん。お姉ちゃんのが後」

「だったらその時点で言えよ先生!」

「守備義務で〜す」


 鋭い目付きに刺されても、先生はノーダメージのご様子。いつものダブルピースでヘラヘラと笑ってみせた。


「ま、まあ。良いじゃないですか。何回見たって可愛さに変わりは」

「いい、部長」


 がたり、椅子が引かれる音。床とゴムの靴底が擦れて鳴る。ホワイトボードを背にして、お姉さんはしっかり前を見据えた。

 

「作った原稿は捨てるぜ。今のアタシが、そのまま喋ってやる」


 胸に手を当てて言い放つ姿。紛うことなきイケメンです、佐野さんとは別方向に。うっかり見惚れそうになりました。

 私は彼女に視線で促されるまま、開始の合図を。

 

「――まず謝罪から入らせてもらうぜ。テストん時は正直お前らに隠し事してた。すまねえ」


 お姉さんは数秒頭を下げる。

 

「アタシは。カワイイ女がカワイイ服着て、そしてカワイイ事をしているサマが好きだ、大好きだ」


 そして。脇に抱えられた、厚みのあるファイルを片手で広げた。シンプルな表紙とは対照的に中にはぎっしりとカラフルなカードが詰まっている。こちらに見えた二ページ分だけでも、それはもう女児達が夢見る可愛いの大洪水だった。ホログラム加工が眩しい。

 

「アタシ自身はこんなツラとタッパだし、そもそも対象年齢を外れているが。それでもここでは何年も持ち続けた好きを、お前らの仲間として掲げてみてえ。ここで一分喋るだけじゃ足んねえ程の、アタシにとっての星の輝きをお前らに知って欲しい――以上!」 

「……すごい」


 一分ジャストです。放送部のが向いてますよお姉さん。タイマーの表示を目にしたまま、私は息をついた。

 圧倒された私が止めそびれた電子音を掻き消す様に拍手が響く。市川さんだって、控えめだけれどそれに混ざっていた。

 

「二人とも素晴らしい! そんじゃ審査員達、ワクワクドキドキ投票タイムと洒落込もうか! 持ち点は部長ちゃんもあたしも。権力者だろうが皆平等に一点だよ〜ん」


 喝采に溢れる部室をうんうんと頷きながら眺めていた朱筆先生。途切れたタイミングで声を上げて、ウインク一つ。この顧問、ノリノリである。

 

「そんじゃ、まずは侍ちゃんから〜」

「も、もう始めるのでござるか……? 拙者は……そうですな、姉氏に一票。愛情の厚みにぶん殴られる衝撃を受けたでござる」


 その後も席順――いや先生、でたらめに振っていますねこれ。線で繋げばごちゃごちゃな塊が出来るであろう順番で票は入れられてゆく。朱筆先生自身が市川さんへの一票を宣言した後、私が呼ばれた。

 既に市川さんに三票、お姉さんにも三票。卑怯と即興が競り合っている。

 つまり、私の一票がこの決闘の勝敗を決める。


「それでは」


 こうなれば、答えは一つ。そうでしょう、私。湯田部長。

 

「――私の持ち点。一点を、半分に割って二人に」


 私だって点を分割してはいけないなんて言われていませんからね。一つは二つに割れますもん。

 部の権力者だと先生が私を巻き込むなら、この位はどうか許してくださいな。

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