28.百聞は
やや震えながら私が着席すれば、暫くして拍手も収まった。
「部長ちゃんの頑張りでフロアもあったまった! 良いかい、お二人さん」
さあ今度こそ中心から退避させてください。空気にならせてください。あっそんな優しい目を向けないで佐野さん、ほら市川姉妹のほうを見てください。始まりますよ。
「ええ、ボコボコにしてやるわ」
「ますますイモ引けねえな」
市川さんの視線は鋭く研ぎ澄まされ、お姉さんは拳を鳴らす。
今から始まるのってスピーチですよね? 大丈夫ですよね? 何か物理的なぶつかり合いが今更起きたりしませんよね。
ヤンキー漫画めいた二人の言葉選びに私はまたやや不安になった。
「良いねぇ、それじゃあ先攻後攻を決め」
「待って、わたしが先にやる」
細長い紙二枚握り込んだ先生を遮って、市川さんがホワイトボードの横へ立つ。じろり、座ったままのお姉さんに挑発的な視線を向けて。
「先にやられたところで薄まるような印象のオハナシ。持ってきていないでしょう? オネエサマ」
「当然だっつの。譲ってやんよ、妹」
二人の間に合意があれば止める理由も無い。くじを用意してきた朱筆先生はちょっと残念そうだけど。
ならば始めていただきましょう。私は市川さんに合図を送り、手元のタイマーのボタンを押した。
「――今でこそ日々APを消化するわたしだけど、スマホなんて持っていない頃はまた別の好きな物があったの。それが女児向けアケゲ」
思い出のカードを懐から出して、市川さんは語る。
「今もシリーズは続いているし、最新作なら知っている人もいるんじゃないかしら。わたしはその中でもサブの女の子を愛してた、勝って欲しかった。けれど公式はそれを許さなかった……! それでも、ある女のお陰でわたしはその子を好きでいられたの」
やや早めに回る口、手元を見れば残り時間の半分も過ぎていない。ここから姉妹のエピソードを詰め込むか、なんてわたしが思っていたら。
ふいに部室が暗くなる。
先生が手早く机上に何か――機器の接続された私物のスマホを置いて。そして。
「そんなわたしが好きだったあの子の、貴重な番宣CMをご覧ください」
朝10時放送! 丸い字体のピンクのテロップが目に飛び込む。ホワイトボードには可愛らしい絵柄のアニメーションが映し出されていた。わざわざ横に立ったのはこの為か。すみません、一分間スピーチってこういう事して良いんですか? どうして顧問も協力しているんですか? 一仕事したって顔ですね朱筆先生。
市川さんはそれ以上喋らず時が過ぎていく。ぴぴぴ、電子音と「放送中!」の声が重なり、彼女のターンは終了した。
部室は当然ざわめいている。
「べっつに詳細なルールの指定は受けていないものねぇ? それにわたし自身、スピーチはしたわよ」
既視感のあるセリフ、おそらくお姉さんへの意趣返し。にんまり口角をつり上げて、市川さんは満足げに笑った。
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