23.二人美しく咲いて
「だか、ら……」
うん?
今にも爆ぜそうだった市川さんがしおしおと萎んでゆく。だんだん視線は中身のかなり減ったグラスへと落ちた。
ああ市川さん、もしかして貴方また勢いで。でもこれは仕方ないですよね、きっと胸の中がいっぱいいっぱいなんですよね。
今こそ、この場に部長として呼ばれた私が動くべき。今度は私が誰かの「好き」の為に寄り添う番。そっと体を寄せて、手をぷるぷる震え出した背に。振り払われる事はなかった。
「大丈夫ですよ。私、今度こそ……市川さんの言いたい事、ちゃんと分かります」
そして私はゆっくり顔を上げる。
分かっていても、きっと言うべきではない。
だって相応しい人がそこに居るでしょう。ねえ。
「お姉さんも、同じ……いいえ。私よりずっと理解してるんじゃないですか」
私から視線を合わせる。向こう側から放たれていた圧はもうすっかり鳴りを潜めていた。多分市川さんに大泣きされた日も、こんな顔をしていたのだろう。この優しいお姉ちゃんは。
「……要は。あんなカッコつけといて、自分自身の好きは蔑ろにするのかしら。ってとこだろ」
「真似? 喧嘩売ってるの? 似てないわよ腹立つ……それだけじゃない。あと、皆の事、疑われたみたいで嫌だった」
ようやく言葉を取り戻し、市川さんもまた前を向く。
「解釈違いでバトルはしても、今のあんたをただ似合わないって笑う奴なんか文芸部には居ない。わたしの仲間はそんなのじゃない」
今すっごく主人公みたいですよ、市川さん。そんなに私達の事を思ってくれていたとは……!
私は思わず涙を流しそうになり、心の中で彼女を讃える拍手を送る。
「だから、今のあんたは文芸部に来るべきじゃないって。そう言いたかった……これでわたしからは全部。あんたは」
「こっちは言いたい事なんかねえよ」
え。二人揃って目を丸くした私達へ、お姉さんはふっと笑ってみせた。
「今はな。月曜、ちゃんと戦えよ。青依」
◇
そして休みは終わり。随分と今朝は自転車のペダルが軽かった。重圧にねじ切れ掛けた私の胃もすっかり逆回転。そして蝋ではなく本物の羽が生えてきたみたいな気分。ああなんて素晴らしい日でしょう。体育も無かったし。
「――ごめんなさい。呼び出してしまって」
広い南波学園。文芸部が専用の部室を貰ってもまだ少し教室は余っていて。その一つで、私達は二人きりだった。遠くからは既に管楽器の音色が響きつつある。
「……そ、その、時間を取って申し訳ないな、とは思っていますよ? そこは弁えています。この後市川さん達の決闘もありますし、ほんの少しだけで」
ごにょごにょ指を擦り合わせる私へ、くすくす目の前の人は笑う。
「そんな事言わないでください、湯田先輩」
片目に掛かる前髪をさらりと流して、彼女は数歩私へ近付いた。明かりの点けられていない空き教室、それでも高い位置から輝きが降る。
「私は嬉しいですよ? また二人でお話出来て」
また絶好調ですねこの悪女。
分かっていますよどうせ皆にそういう事しているのでしょう! 佐野誠さん!
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