22.わたしの好きな偶像
自身のウエストポーチへ手を掛けた市川さん。勢いで開けようとしたものだから途中チャックが噛んでもたついた市川さん。大丈夫ですか市川さん。私の手は宙をさまよい引っ込んだ。
暫しの格闘の末、市川さんはようやくその中から取り出した物を振りかぶって――やっぱりそっとテーブルの上に置いた。えらい。
お洒落な照明の下。光を受けてキラキラ輝く、ふわふわ装飾たっぷりの衣装を纏った女の子のカード。
手に取らず見るだけでも分かる傷みはあるけれど、スリーブとローダーで丁寧に保護されている。
ホログラム加工のされたそれは、ジャンル外の者である私には高レアリティであろう事しか分からない。
これは、と聞きたいところだけれど。私は市川さんが話し始めるのを待った。
「忘れたなんて言わせないわよ、お姉ちゃん」
細い指がカードをなぞって、離れていく。
「すっかり別ジャンルへ移動したけれど、わたしだって忘れていないもの」
ゆっくりと瞬き。まるで、市川さんはいつもと別人みたいに変わっていった。気心知れた周りに噛みつくチワワはそこに居なかった。
「……すっげぇ泣いてたな、あの日。流石に困った」
ぽつり、お姉さんが呟く。誰かの前でこんな事暴露されようものなら大荒れを見せる市川さんなのに、まだ彼女は凪いでいる。
「そりゃあ悔しかったわ。わたしの中で一番のアイドルがずっと負け続き、その上あの日はダイジェストで流されたんだもの」
ジャンル外民私、ちょっと、多分ここから深くまでは理解が及ばないかもしれません。推しが不遇で辛かったのはふんわり掴みました。
けれど血の繋がった姉妹のシリアスなやり取りに口を挟むほど無粋ではないので、口を閉じて成り行きを見守る。
「ああ、わたしの大好きなあの子はずうっと一番上まで行けないんだって思い知らされた。いつも真ん中に居る目立つ子達なんて知るか、ただあの子に勝ってほしいって気持ちも、あの日捨てかけた――でも。あんたは」
わずかに震える声。ストローが入れられたままのグラスを鷲掴みにして、市川さんは縁に口をつけて一気にあおった。
「……っ。拾って、渡してくれた。お前の中では一番上まで登ったんだろ、なんて言って。わたしがハマる前に出たレアカードを差し出して」
そこには一番綺麗で、輝く女の子が居たの。そんな静かな声、市川さんの視線が落ちる。テーブルの上の思い出へ注がれる。光が、瞳へうつっている。
「それであの子の扱いが変わるわけじゃない。それどころか追加キャラに押されてもっと出番が減った、けれど」
彼女はそっと手を伸ばして、それを抱き締めた。
「あんたがそうしたから、わたしは納得行くまであの子を好きでいられた。わたしにとっての星を見上げることを止めないでいられた」
「……だから、何だよ」
お姉さんは目を伏せピアスを指先で揺らす。
「だから」
おんなじ色した視線に貫かれて。
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